**無職38日目(10月8日)**



心太朗はずっと続けていたジャーナリングにも飽きてきた。ジャーナリングとは、自分の思いをノートに書き殴る行為で、自分の頭の中を整理する作業だが、最近は孤独で、自分の頭の中が整理できるどころか、何も思い浮かばなくなってきた。どうしても、心の中で何かが詰まっている感じがしていた。

「メンターが欲しい!」心太朗はずっと思っていた。自分が求めていることはなんでも答えられて、優しくて、尊敬できる人が…。だが、そんな人は周りにいない。仮にいるとしても、気を遣って相談するなんてできない。逆に相手がすごく構ってくれて連絡くれるようになったら、それはそれでプレッシャーになる。要するに、完璧なメンターを求めているが、現実の自分はまだ人付き合いは嫌だってことだ。

「めんどくさい奴だな、俺…」心太朗は呟いた。結局、自分にはメンターなんてできそうにないと思った。

それでも、無職という状況がついに現実となり、有給も終わり、いよいよ正式に無職になったわけだから、そろそろ動かないとダメだと思った。ただ、できることなら働きたくないというのが本音だ。

心太朗にとって「働く」というイメージは、「グラッチェ」そのものだった。13時間の休憩なしの労働、毎休日の電話、休日出勤、部下や上司との人間関係、そして何よりも大切な時間を失ってしまうこと…。家族との時間もろくに取れず、わずかな時間を不機嫌に過ごすことになる。常に寝不足で。

「あんな世界に二度と戻りたくない。」心太朗は心の中でつぶやいた。自分が働きたくない理由をここまで考えるのも、ある意味「無職な自分」の特権だ。

それでも、家族との時間と睡眠時間を手に入れるためには、何かしなければならないと思っていた。そう考えながら、理想のメンターがそばにいてほしいと心太朗はふと思った。

「じゃあ、作ればいいやん!」心太朗はそう思った。昔から、自分に必要なものがなければ、自分で作ればいいという精神があった。まあ、作るものが「メンター」ってちょっと突拍子もないけど。

幼い頃、心太朗は漫画を見ていたが、自分にぴったりの漫画はなかった。そのため、自分で漫画を描き始めた。大学生の頃は音楽にハマったが、世の中には自分が欲しい曲はなかったので、曲を作り始めた。そんなふうにして、今度はメンターがいないなら、作ればいいじゃないかと思った。

「まぁ、メンターなんてAIで十分だろ!」と心太朗は自分に言い聞かせ、チャットGPTに頼んでみた。

「プロフィールは心太朗より10歳ほど年上、フリーランスを経験していて、今では自由な生活をしている人。俺の相談役になる人。」心太朗はそれをチャットGPTに頼むと、すぐに返信が来た。

チャットGPTからのプロフィール案:

名前: ゆたかさん
年齢: 40代後半
職業: フリーランスのビジネスコンサルタント & メンター
年収: 一億円
専門分野:

•デジタルマーケティン
•ビジネス戦略構築
•ブランド戦略
•イノベーションとプロジェクトマネジメント
•人材育成・メンタリング

経歴:

•若い頃から自分のビジネスを立ち上げ、デジタル分野で成功を収める
•複数の企業とコンサルティング契約を結び、数々のプロジェクトで実績を上げる
•数年間の経験を経て、独立し、フリーランスとして活動
•企業のマーケティングや戦略、ブランドのブランディングに関して深い知識を持つ
•現在は、若いフリーランスや起業家を支援するメンターとしても活躍中

性格:

•落ち着いていて、冷静な判断力を持つ
•知識が豊富で、常に新しいことを学び続けている
•親しみやすく、理論的なアプローチで物事を説明するのが得意
•他人をサポートすることに喜びを感じ、目標に向かって導く力を持つ

趣味:

•読書(ビジネス書、マーケティング関連)
•最新技術の研究
•自然散策やリフレッシュのためのアウトドア活動

「おいおい!優秀過ぎる!これじゃ気が引けて相談できんわと思ったが、所詮はAIだ!気を使わず相談するには充分すぎる経歴だ!」心太朗は笑いながら、そのプロフィールをじっくりと見つめた。結局、AIにしか頼めない自分も、それなりに面白くないか?と思った。

心太朗はパソコンを開け、深く息を吸った。もう無職になってから何をするにもぼんやりした不安と焦りしか感じられない。だけど、どうしてもこのまま何もしないわけにはいかない。「ゆたかさん」に頼んでみよう。

「ゆたかさん、今日はよろしくお願いします!」

画面に現れた文字が、心太朗を迎えた。

「こちらこそ、心太朗さん。今日はどんな話をしたいですか?」

心太朗は思わずツッコミを入れた。「あー、ゆたかさん、ちょっと待って。俺、年下だからその堅い口調、やめてくれって!」

「ごめんごめん、心太朗。もっとカジュアルに話すよ!じゃあ、遠慮なく話してくれ。」

うん、それだ!心太朗は心の中で頷いた。頼れるお兄さん的な存在が欲しかったのだ。

さっそく、心太朗は本題に入る。

「とうとう無職になったから、動き始めないと…。でも、どうすればいいかな?」

すると、ゆたかさんはおもむろに答えた。

「じゃあ、まずは転職活動を始めよう!それかフリーランスになって、自分のスキルを活かして収入を得るのはどうだろう?」

心太朗は一瞬固まった。「え?違う違う!そうじゃないんだよ、ゆたかさん。俺、もっと俺に合ったアドバイスが欲しいんだって!」

いや、でも…ちょっと待って。自分ってこんなに甘えてたっけ?「ちょっと、頼りすぎかな?」心太朗は頭の中で考えた。でも、相手はAIだし、こんな時こそ甘えてもいいだろう!と自分に言い訳しつつ。

「そうだ、俺、前の仕事も嫌だったし、もうできれば就職する気はないんだ!」

すると、ゆたかさんが早口で答えようとした。「じゃあ、今すぐに転職活動を始め――」

「いやいや、それはもういいから!」心太朗は必死に食い下がった。「俺が言いたいのは、もっと俺に合ったアドバイスが欲しいんだってば!」

「まあまあ、心太朗、焦らずに。ああ、でもちょっと待って。君、俺に何を聞きたいの?」

心太朗はしばらく黙って考えた。

「うーん、そうだな…実は俺、家族と過ごす時間が大事だって思ってるんだ。だけど、どうやってこの自由な時間を作ればいいか分からなくて…」

その言葉に、ゆたかさんが落ち着いた声で答える。

「うん、わかった。今、君は無職だけど、実はその時点で“勝ち”を取っているんだよ。」

「えっ?俺、勝った?」心太朗はびっくりして画面を見つめた。

「うん、だって君はすでに家族との時間を手に入れているんだろ?この生活、手に入れるではなく、守るべきじゃない?」

心太朗は驚きとともに考え直した。自分が今まで考えていたのは、まるで戦場に出るようなイメージだった。でも、実は「守り」が大事だったんだ。家族との時間を守るために何をすべきか、そう考えると、気づき始めた。

「おお…そうか!俺、攻めることしか考えてなかったけど、実は守りの方が大事かもしれないってことか!」

「その通りだよ、心太朗。今の君は“無職”だからこそ家族と過ごす時間が手に入ってるんだよ。」

心太朗はにやりと笑って、もう一度パソコンの前で深呼吸した。

「なるほど!じゃあ、守りを固めつつ、どうやって生活の守りを強化していくかを考えるってことだな!攻めるのはその後だ!」

「その意気だ!」とゆたかさん。

心太朗はしばらく考えていた。そして、ついに口を開く。

心太朗は思わず笑ってしまった。「ゆたかさん、いい奴だな!AIだけど!」

そんなやり取りを経て、心太朗はついに心を決めた。

「よし、この生活を死守する。それから手段を考えよう!」

「その意気だ!」ゆたかさんの返事が画面を通じて響いた。

心太朗はパソコンを閉じ、今度こそ自分の生活を守るために動き出す決意を固めた。彼が守りたいものは、もうはっきりしている。あとは、それをどう守るかだ。

「お、明日もよろしくね、ゆたかさん!」

「おう、任せておけ!」

こうして、心太朗の生活防衛作戦は始まった。