**無職34日目(10月4日)**
心太朗は毎朝、神社に向かう。彼の住む街の中心から少し外れたところにあるその神社は、急な坂道を上らなければならない。心の静けさを求め、毎日のルーティンとして一人での時間を楽しんでいた。しばらく不調で行けてなかったが、今日は少し回復して来たのでいこうと思っていた。しかし、今日は澄麗が「私も行きたい」と言い出した。
「どうしたの?今日は特別な気分?」心太朗は驚きつつ尋ねる。坂道が澄麗にとってどれほど厳しいか、彼はよく知っていた。
「お宮参りのことを聞きたいの。子供が生まれたとき、どうするのか気になって。」澄麗は目を輝かせて答える。
お宮参りとは、 赤ちゃんが生まれて初めて神社にお参りする儀式のことを指す。通常、男の子は生後31日目、女の子は生後33日目に行われることが多いが、厳密な決まりはない。お宮参りは、赤ちゃんの健康や幸せを祈り、無事に成長することを願うための行事で、両親や祖父母が赤ちゃんを連れて神社を訪れ、神様に感謝を捧げる大切な瞬間だ。
「それに、生まれたときに、どんなことをするのかも気になるし…」澄麗の言葉には、赤ちゃんが生まれた後の未来への期待が混ざっている。
「でも、坂道はきついんじゃない?」心太朗は内心ドキドキしながら言う。「妊婦のお腹を抱えて上る坂道なんて、まるで修行僧の行脚だよ。」
「大丈夫!行きたいの。少しでもお参りしておきたいから。」澄麗は頑固だった。彼女の決意を尊重しつつも、心太朗は坂道を上る彼女の姿を思い浮かべ、気がかりで仕方がなかった。
その前に、毎月一度の恒例行事がある。二人はカフェで家計簿をつけることにしている。コメダ珈琲に足を運び、澄麗はレシートを手に取り、心太朗はノートパソコンを開いた。心太朗は季節限定の月見ハンバーガーとコーヒー、澄麗はレギュラーメニューのパンとカフェインレスのミルクコーヒーを注文した。
「さあ、家計簿を始めよう。」心太朗が言うと、澄麗はレシートを広げて、やや不安そうに言った。「これ、また使い過ぎたかな…?」
「いや、でも子供のためだし、必要なものは買ってるよね?」心太朗は心の中で焦りを感じながら、どこか開き直ったように答える。
計算を始めると、思ったよりも支出が多いことに気づいた。無職になったからあまり使っていないと思っていたが、実際は違った。産まれてくる子供のために、服やチャイルドシート、おむつなどを購入したから、それは納得できる出費だった。しかし、無駄遣いも多い。外食やコンビニでの贅沢が目立ち、心太朗は思わずため息をついた。
「これじゃ、しばらく働かないのは厳しいかもな…。」心太朗は心の中でつぶやく。
「使い過ぎじゃないの?」心太朗が不安そうに言った。
「いや、あくまで育児に必要な投資ってことで!」澄麗はポジティブに振る舞った。
「そういう名目で使ったお金が、レストランのラーメンに化けるなんて、どういう理屈だよ?」心太朗は笑いながら言った。
「まさに、無職ハイで食欲が暴走してたんだな…。」心太朗は自分の無駄遣いを反省した。
家計簿をつけ終わると、二人は神社に向かうことにした。坂道を上りながら、心太朗は澄麗のペースを気遣い、ゆっくりと歩いた。心の中では、もしも澄麗がこの坂道で転んだらどうしようかと、心配でいっぱいだった。
神社に到着すると、ちょうどお宮参りをしている家族がいた。澄麗は目を輝かせ、心太朗に言った。「あの家族、すごく楽しそう!」
「確かに、子供の誕生を祝うなんて、最高のイベントだよね。俺たちもああなれるのかな?」心太朗は澄麗の目を見つめて微笑んだ。
「受付で聞いてみよう。」心太朗が言い、二人は神社の受付に向かった。彼は緊張しながらも、澄麗の手をしっかりと握りしめていた。
受付には穏やかな笑顔の神社の巫女さんが立っていた。「いらっしゃいませ。どういったことでお尋ねでしょうか?」
「はい、実は…」心太朗が口を開くと、澄麗が先に言葉を続けた。「私たち、子供が生まれたらお宮参りをしたいと思っていて、予約が必要かどうかを確認したくて。」
巫女さんは微笑みながら頷き、「お宮参りは予約なしでも大丈夫ですよ。お好きな日を選んでお越しください。ただし、土日は混み合うことがありますので、平日の方がゆったりとお参りできます。」
「本当に予約なしでいいんですか?」心太朗は少し拍子抜けしながら尋ねる。「てっきり、神社の受付で面接でもあるかと思ってました。」
「そんなことはありませんよ。」巫女さんは笑いながら答えた。「お宮参りは赤ちゃんの健康を願う大切な行事ですので、皆さんが安心して来られるようにしています。」
「そうなんですね、安心しました。」心太朗は安堵し、澄麗もホッとした表情を見せた。
「ちなみに、何か特別な準備をしておくことはありますか?」澄麗が尋ねると、巫女さんは「特にありませんが、赤ちゃんの健やかな成長を願う気持ちが一番大切です。着物や衣装はお好きなもので構いません。お宮参りの際には、赤ちゃんの健康を守ってくれるお守りをお受け取りいただくこともできますので、ぜひどうぞ。」と説明してくれた。
「お守り、ぜひ欲しいですね。」澄麗は目を輝かせた。「赤ちゃんのために何かできることがあれば、すごく嬉しい。」
「もちろんです。神社には赤ちゃんを守るための特別なお守りもありますので、お参りの際にぜひお受け取りください。」巫女さんは温かい笑顔で言った。
心太朗は澄麗の横で、彼女がどれほどこの瞬間を大切に思っているかを感じ、心が温かくなった。「良かった、澄麗が行きたいって言ってくれて本当に良かったよ。」と、彼は心の中でつぶやいた。
その後、澄麗は妊娠中のお腹の写真を撮りたいと言い出した。公園に移動し、心太朗はスマホを取り出した。「さあ、準備はいい?」
澄麗は嬉しそうにお腹を手で撫でながら、ポーズを決める。「どう?最高のマタニティーショットになる?」
しかし、実際に見るとお腹はかなり出ているのに、写真にするとなぜか目立たない。心太朗は思わず苦笑いした。「これじゃ、何かのダイエット企画みたいだ。」
「もう、私のお腹はもう宇宙規模なのに、なんで写真にするとそうなるの?」澄麗は自虐的に笑った。
「スマホのカメラ、どうしてこうなった?スティーブ・ジョブズに文句言いたいくらいだ。」心太朗も思わず笑った。
「次は、角度を変えて撮る?これが正面のせいかもしれない!」澄麗は冗談交じりに提案した。
「いや、もしかして俺のセンスの問題かも…」心太朗は自虐的に答え、さらに何度もシャッターを切った。
二人は笑い合いながら、日常の中の小さな幸せを噛み締めた。三人で坂道を一緒に上る日も近い。澄麗のお腹がさらに大きくなるその日まで、心太朗は彼女と手を取り合って、共に歩んでいくのだろう。彼にとって、澄麗と子供との未来がどれほど楽しみで、どれほど大切なことなのか、改めて感じた瞬間だった。