**無職29日目(9月29日)**
心太朗と澄麗は毎日、運動も兼ねて近所のスーパーに買い物に出かける。澄麗はスーパーの達人で、どこの店が何曜日に安売りするかを完全に把握していて、それに合わせて日々の買い物ルートが微妙に変わっていた。彼女の正確さはまるでカーナビのようで、心太朗はそのペースに流されて、ただついていくしかなかった。
ある日の帰り道、二人は掲示板に貼られている松岡神社の「フードフェス」のチラシに目を留める。心太朗にとって松岡神社は毎朝お参りに行く馴染みの場所だったが、フードフェスが開催されることは初耳だった。最近神社で何か準備している様子は感じていたものの、まさか食べ物の祭典だとは思ってもみなかった。チラシによると、地元の店が出店し、射的やくじ引き、高校生の軽音部による演奏なども行われるらしい。「ずいぶん豪華なイベントだな…」と心太朗は驚いた。
しかし、心太朗には一つ問題があった。彼は祭りが大の苦手だったのだ。知り合いや昔の同僚にばったり会うのが嫌で仕方がなかった。それでも澄麗はこのお祭りに行きたがり、心太朗は断ろうとするが、結局はその意志が通ることはなく、強制的に参加が決定した。
フードフェス当日、二人は坂道を上り、踏切を渡ると、すでに多くの人々が集まっていた。澄麗は目を輝かせているが、心太朗は知り合いと遭遇しないかと内心ビクビクしていた。「もしかしたら今回は大丈夫かも…いや、何の根拠があるんだ?」と心配を抱えながら、無意味にサングラスをかけて変装を試みるが、「バレバレのやつ」になってしまっている。
二人はまず神社でお参りを済ませ、次に澄麗が勧める地元の肉屋が出しているというカレーを試すことになった。「肉屋がカレー?」と心太朗は疑問に思うが、澄麗の圧倒的な期待の視線に逆らうことができない。「普通盛りか肉ましがあるよ!」と聞かれ、思わず「肉まし」を選んでしまう。さらに進むと、以前二人がよく通った居酒屋の自家製シュウマイも見つけた。懐かしさに心太朗は思わず足を止め、それを手に取る。
食事エリアに移動し、心太朗は持参した缶ビールを取り出す。節約を意識してのことだ。澄麗は妊娠中のため、お茶を選んでいた。さすがに缶ビールを持ってくることはなかった。
まずはシュウマイを一口。あの頃と変わらぬ味が広がり、心太朗は懐かしさに浸る。そしてカレーを食べてみると、肉がたっぷりと入っていて驚いた。肉屋が本気を出した結果なのだろう。「これは…肉が主役のカレーだ」と心の中で感嘆し、思わず「肉屋さん、やりすぎですよ…」とツッコミを入れたくなった。
お腹も十分に満たされ、そろそろ帰ろうかという話になったが、晩御飯用に何かを買って帰ることにした。心太朗は最近フォロワーがX(元Twitter)に投稿していた餃子が食べたくなっていたが、残念ながら売り切れだった。澄麗も「たこ焼きが食べたい」と言い出すが、神社からの帰り道にあるたこ焼き屋も同じく完売していた。二人は「みんな考えることは同じなんだな」と顔を見合わせて苦笑した。
最終的に心太朗は、知り合いと遭遇することなく祭りを終えることができた。お祭り嫌いの彼だったが、子供が生まれたら澄麗と三人でまたこのフードフェスに来てもいいかもしれないと思い始めた。そんな温かい気持ちが心に広がったせいか、その夜は興奮してなかなか眠れなかった。もっとも、その理由の一つは「肉ましカレーでお腹がまだいっぱいだったから」だったのだが。