『落ち込むことがあったら、空を見ればいいよ。そうすれば元気になれる』

幼い彼は自分と同じ名前を持つ、果てしなく広がる青空を指さした。

『父さんと母さんが言ってた。俺が生まれた日は梅雨の晴れ間で、空が透き通るように青くて綺麗だったって。とにかく大きくて壮大で、生まれてきた子供にもそんなふうに育ってほしいから〝空《そら》〟って名付けたって、今年の誕生日に教えてもらった。俺にピッタリだろ?』
『……ふふ、それ自分で言う?』
『あ、笑った』
『わ、笑ってないっ』

まんまと彼の思惑通りに笑ってしまったのが悔しくて、小学2年生の私は瞳に涙をいっぱいに溜めたまま口を尖らせている。

彼の夢を見るのは何度目だろう。小学生の頃だったり、中学生の頃だったり、内容はいつもそれぞれ違っている。
たわいない会話のシーンばかりだけど、どれも私の記憶にしっかりと刻まれている本物の思い出ばかりだ。

『ほら、だからいつまでもビービー泣いてないで上向いてみろって』
『ビービーなんて泣いてない! それに空を見たら元気になるのって、今日みたいに綺麗に晴れた日だけでしょ? じゃあ曇りとか雨の日に落ち込んだらどうしたらいいの?』

そんな質問をしたのは、純粋な疑問というよりも、ひねくれた反抗心みたいなものだった気がする。
そんな私の内心に気付かないまま、彼は少し考えたあとで自分を指さした。

『んー。その時は、俺が隣にいるよ』

まだ8歳だった空が、なんの根拠もなくそう言い切った。

『……空が?』
『そう。それで、落ち込んだ美波を笑わせる』

夢の中の私は一瞬目を見開いて驚いた顔をしたあと、満面の笑みを見せた。

そうだ、この時は本当に嬉しかった。
どんな理由で落ち込んでいたのか、今はもう思い出せない。ただ私を励ますための言葉は、いつまでも胸に刻まれたまま。
私にとって、ずっとお守りみたいに大切な記憶として残っている。

その言葉通り、彼とはずっと一緒にいた。何度も私を笑顔にしてくれた。
中学の卒業式直前、突然私の前からいなくなってしまうまで――――。