歌にマジになっていることを嗤われて、唄うことに苦い悔しい思いをしていたこともあった。
 嗤ったやつらを見返したくてひとりで唄い始めた僕が、いまは最高のギタリストであり、最愛の人生のパートナーである彼と共に最高のステージに立っている――

「サンキュー! バレットでした! また会いましょう!!」
「またねー!」

 アンコール含め2時間ちょっとに及んだステージを終えて裏へ引っ込むと、僕の相方であるナギがこちらを向いて拳を突き出している。
 僕はそれに条件反射のように拳を突き出し、こつんとぶつけてからハグをしてくる。これは僕らにとってお互いを労う儀式みたいなものだ。
 ナギが僕の背や頭をぽんぽんと撫で、昂ったままの心を落ち着かせていく。僕もまた、彼の背を抱きしめる。

「はー、今日も楽しかったなー。俺のギター最高だったし」
「そうだね、良く鳴ってたよ。うるさいくらいに」
「ああ? 葉一の声が小さいんだろうがよ」
「これ以上大きくしたら、PAさんの耳潰れちゃうよ」

 ナギの煽り文句にそう返すと、それもそうか、と意外とあっさり引き下がる。その様子に、僕らの後ろにいたマネージャーの木暮さんと顔を見合わせて僕はくすりと笑う。

「随分と丸くなったもんだね、あの暴れん坊のナギが」
「昔なら掴みかかって来そうだったのに」
「何だよ、ヒトを年寄り扱いしやがって……10年もやってりゃ、そういうのが無駄な体力使うってわかるんだよ」

 逆に、10年もかかったのか……と言いたかったけれど、それはさすがにつかみかかられそうなので黙っておいた。
 そんなことを考えながら差し入れられたミネラルウォーターを飲んでいると、ナギがニヤニヤとこちらを見てくる。その顔は、何年経っても変わらない。

「……なに?」
「いやぁ、葉一もだいぶ言うようになったなぁって思ってさ」
「まあね、もう10年もやってればね」

 互いに見つめ合って顔をしかめ、そして吹き出して笑う。
 これまでも、この先もずっと、僕の隣でギターを奏でるのは彼だけだ。彼のギターでなら、僕はいくらでも唄える。それを思い知った日々だった。
 ――あの夜の出逢いから、僕らは、バレットは始まっていたのかもしれない。

「葉一、ナギ、まだアンコール鳴りやまないんだけど」

 ステージの様子を見ていた木暮さんが、「どうする?」と、僕らの方にそう声をかけてくる。僕とナギは顔を見合わせ、ニヤリと笑い、そっと触れ合うように口付けてハグをほどき、口をそろえて答える。

「やらせてください!」

 ダブルアンコール、となったアリーナツアーのファイナル公演のステージに、僕らは肩を組んで出ていった。最高の恋の続きと、ステージの続きを、彼と奏で、唄うために。
(終)