人垣の向こうに、いつもバイト先で見るあの明るい跳ねた茶髪が見える。ただ髪型のせいじゃなく、それはいま、彼が奏でる旋律に合わせるように揺れている。

「シャリンバイの、コンテストテンペスト!」

 イントロのギターだけでわかってしまうほど有名なその曲を、僕とそう変わらないであろう彼は、まるですご腕のミュージシャンのように弾き始める。有名バンド・シャリンバイのギターを彷彿とさせる、なんてありきたりの言葉だけでは足らない、きらめく何かが彼の中にある。
 そしてそれは、確実に僕の感情をあおっていく。唄えよ、さあ、と言うように。
 駅前のターミナルいっぱいに響くギターの音がどんどん大きくなっていき、足を止めるお客さんが増えていく。彼を取り囲むように眺めているお客さん達の視線の多さを肌で感じつつも、僕は、うずうずとするものを感じずにはいられない。

(――彼のギターで、唄いたい)

陰キャで、4年前の中二のあの日から、人前なんかでもう決して唄わないと決めていたはずの僕の胸を叩き、急かすようにどんどんこの曲特有のメロディラインを奏でていく。

(――唄いたい、いま、ここで)

 そう強く願った瞬間、僕は一歩前の踏み出し、そして歌声をつむぐべく口を開いて深呼吸していた。
 その夜のセッションが、僕らのすべての始まるになるなんて、知りもしないで。