「そ、それならまだいいです」
自分で納得したとはいえ、恥ずかし過ぎて顔が熱くなる。
「うん……朝陽ちゃん、朝陽ちゃん」
頭の上の方で俺の名前を繰り返し呼ぶ声が聞こえる。大事に息でくるむような優しい声に、俺は恥ずかしくなって思わず俯いた。
そのせいで、ふわりと揺れる黒いワンピースが、胸元まである長い髪が視界に入り、まるで女の子扱いされている気持ちになり。
……なんだ、これ。そわそわして落ち着かない。
今まではこんなことなかったのに、俺どうしちゃったんだろう。
「朝陽ちゃん、お昼食べた?」
先輩の〝朝陽ちゃん〟呼びには慣れなくて、反応が鈍る。
「あ…いえ、まだ……」
「じゃあまずはお昼食べに行こう。何か食べたいものとかある?」
「い、いえ、特には……」
「それじゃあ俺が行きたいところでもいい?」
「はい、大丈夫です」
そういえばまだお昼食べてないんだっけ。すっかり忘れていた。
「じゃー、はい」
おもむろに先輩が俺に手を差し出すが、その意図が読めなくて困惑する。
「……なんですか?」
「手、繋ごうよってこと」
「っ?! なっ、なんでですか!」
「なんでって……今恋人っぽく見えるから?」
「〜〜…やですよ!」
焦って思わず素が出てしまう。
そんな俺を見かねた先輩が、そうっと顔を寄せて、
「──今女の子なんだからそんな大きな声出したら男だってバレちゃうよ。朝陽ちゃん」
やけに優しく、名前を呼ぶから、カアッと顔が熱くなり、
「なっ! ちょ、先輩……っ」
「ほらほら言ってるそばから」
「あっ、そ、そうだ……」
俺は慌てて口を手で覆うと、先輩は楽しそうにフハッと笑った。
なんだか俺ばかりが動揺していておもしろくない。
「で、さっきの続きだけど朝陽ちゃん手……」
「は繋ぎませんので」
「でも今俺たち恋人っぽく……」
「も見えませんので」
先輩が言おうとしていることを俺が先回りして言葉を詰むと、
「朝陽ちゃんってば隙がないなぁ」
肩をすくめて笑ったのだ。
それから先輩と移動してやって来たのは、おしゃれなカフェだった。
カウンターで注文をしてから店内に進む仕組みのようだ。
「や……朝陽ちゃん、行こ」
一人では絶対に入れないような内装に俺は思わず足がすくみそうになったが、隣にいた先輩が俺の背中を優しくエスコートするから足は立ち止まらなかった。