◆
「ふたりとも、よく寝てますね」
「そうですね」
朔と和央の寝顔を見下ろしながら、江麻先生と視線を合わせてクスッと笑う。
遊園地からの帰り道。電車に乗って10分も経たないうちに、朔は江麻先生に、和央は俺に凭れて完全に寝入ってしまった。暑い中1日中遊び回って相当疲れたらしい。ふたりに付き添った俺もかなり疲れた。
「お兄さんも寝てくださいね」
江麻先生はそう言ってくれたけど、彼女が起きているのに俺ひとり呑気に居眠りもできない。
子どもはいい気なもんだよな。
俺の腕にかなりの体重をかけて凭れている和央の鼻を指でつまむ。よく眠っている和央は、その程度では目を覚ましそうもなかった。そんなふうにして電車で揺られているうちに、少しずつ降りる駅が近づいてくる。
「家まで付き添いましょうか?」
江麻先生の降りる駅は、俺のアパートの最寄り駅のふたつ手前。先に降りる彼女が、眠ったままの子どもたちを気にしてそう言ってくれた。でも江麻先生だって疲れているだろうし、そこまで迷惑はかけられない。
「大丈夫です。降りる直前にふたりとも叩き起こすんで」
俺の言葉に、江麻先生がふっと笑う。
「頑張ってください。それから、今年の夏休みは楽しいイベントにたくさん誘ってもらってありがとうございました。朔ちゃんや和くん、お兄さんのおかげで楽しかったです」
「俺のほうこそ……」
「夏休みが終わったら、こんなふうに会う機会も減っちゃうと思うと淋しいですね」
江麻先生が、眠っている朔を憂えた目で見つめる。そのまなざしが、俺の胸をきゅっと狭く締め付けた。
なんだろう。このちょっと息苦しい変な感じは。だけど、これが江麻先生と会えなくなる淋しさからきていることだけはなんとなくわかる。
夏休みが終われば、俺が朔や和央とこんなふうに遊びに出かける機会は減る。ふたりがいなければ、俺が江麻先生と顔を合わすこともないんだろう。
それは、ちょっと嫌だな。
俺はたぶん、夏休みが終わったあとも江麻先生に会って、彼女の笑顔が見たいんだ。彼女の柔らかな笑顔は、いつも俺を穏やかな優しい気持ちにしてくれるから。これで、終わりにしたくない。
「江麻先生、もしよかったら今度一緒にごはん食べに行きませんか?」
江麻先生が降りる駅に着く直前、俺は彼女に誘いかけていた。
「それって、ふたりで、ですか?」
「もし嫌じゃなかったら。夏休み、いろいろと付き合ってもらったお礼がしたいんで」
断られるのが怖くて言い訳みたいに付け加えると、江麻先生がふわりと笑う。
「ありがとうございます。それなら、またぜひ」
彼女がそう返してくれたとき、駅のホームに入った電車がゆっくりと停車した。
「また、連絡します」
俺がそう言うと、江麻先生が凭れかかっている朔の下からそっと退いて立ち上がる。
「はい。では、また」
江麻先生は俺に笑いかけると、軽く会釈をして電車を降りて行った。
彼女が降りると、両肩に凭れている朔と和央の重みがずしりとのしかかってくる。でも、そんなことは気にならないくらい俺の気持ちはふわふわとしていた。
江麻先生とまた会える。そのことに、浮かれていた。
最寄駅に到着すると、俺は寝ぼけて眼をこする朔と和央の手を引っ張って電車を降りた。
駅の改札を出ると親父がロータリーに車を停めて待っていて、俺と朔をアパートまで送ってくれる。
部屋に戻ると、すぐに風呂を洗って沸かす。そのあいだに奈未から着信がきていた。朔を風呂に入れているあいだに掛け直してみたら、今度は奈未のほうが電話に出ない。
すれ違いにため息をつきながらメッセージを送ると、秒で返信がきた。だけどよく見ると、それは奈未からではない。無事帰宅できたかどうかと、今日のお礼が書かれた江麻先生からのメッセージだった。それに返事を打ちながら、自然と頬が緩んでしまう。
彼女の奈未からよりも江麻先生からのメッセージが嬉しいなんて、ダメだろう。冷静にそう思う自分がいたが、どうしても口角が上がるから仕方がない。
その晩、結局奈未からは返信も電話もなかった。でもそれは夏休み前から今までずっと続いていたことで。だから、あまり気にならなかった。
「ふたりとも、よく寝てますね」
「そうですね」
朔と和央の寝顔を見下ろしながら、江麻先生と視線を合わせてクスッと笑う。
遊園地からの帰り道。電車に乗って10分も経たないうちに、朔は江麻先生に、和央は俺に凭れて完全に寝入ってしまった。暑い中1日中遊び回って相当疲れたらしい。ふたりに付き添った俺もかなり疲れた。
「お兄さんも寝てくださいね」
江麻先生はそう言ってくれたけど、彼女が起きているのに俺ひとり呑気に居眠りもできない。
子どもはいい気なもんだよな。
俺の腕にかなりの体重をかけて凭れている和央の鼻を指でつまむ。よく眠っている和央は、その程度では目を覚ましそうもなかった。そんなふうにして電車で揺られているうちに、少しずつ降りる駅が近づいてくる。
「家まで付き添いましょうか?」
江麻先生の降りる駅は、俺のアパートの最寄り駅のふたつ手前。先に降りる彼女が、眠ったままの子どもたちを気にしてそう言ってくれた。でも江麻先生だって疲れているだろうし、そこまで迷惑はかけられない。
「大丈夫です。降りる直前にふたりとも叩き起こすんで」
俺の言葉に、江麻先生がふっと笑う。
「頑張ってください。それから、今年の夏休みは楽しいイベントにたくさん誘ってもらってありがとうございました。朔ちゃんや和くん、お兄さんのおかげで楽しかったです」
「俺のほうこそ……」
「夏休みが終わったら、こんなふうに会う機会も減っちゃうと思うと淋しいですね」
江麻先生が、眠っている朔を憂えた目で見つめる。そのまなざしが、俺の胸をきゅっと狭く締め付けた。
なんだろう。このちょっと息苦しい変な感じは。だけど、これが江麻先生と会えなくなる淋しさからきていることだけはなんとなくわかる。
夏休みが終われば、俺が朔や和央とこんなふうに遊びに出かける機会は減る。ふたりがいなければ、俺が江麻先生と顔を合わすこともないんだろう。
それは、ちょっと嫌だな。
俺はたぶん、夏休みが終わったあとも江麻先生に会って、彼女の笑顔が見たいんだ。彼女の柔らかな笑顔は、いつも俺を穏やかな優しい気持ちにしてくれるから。これで、終わりにしたくない。
「江麻先生、もしよかったら今度一緒にごはん食べに行きませんか?」
江麻先生が降りる駅に着く直前、俺は彼女に誘いかけていた。
「それって、ふたりで、ですか?」
「もし嫌じゃなかったら。夏休み、いろいろと付き合ってもらったお礼がしたいんで」
断られるのが怖くて言い訳みたいに付け加えると、江麻先生がふわりと笑う。
「ありがとうございます。それなら、またぜひ」
彼女がそう返してくれたとき、駅のホームに入った電車がゆっくりと停車した。
「また、連絡します」
俺がそう言うと、江麻先生が凭れかかっている朔の下からそっと退いて立ち上がる。
「はい。では、また」
江麻先生は俺に笑いかけると、軽く会釈をして電車を降りて行った。
彼女が降りると、両肩に凭れている朔と和央の重みがずしりとのしかかってくる。でも、そんなことは気にならないくらい俺の気持ちはふわふわとしていた。
江麻先生とまた会える。そのことに、浮かれていた。
最寄駅に到着すると、俺は寝ぼけて眼をこする朔と和央の手を引っ張って電車を降りた。
駅の改札を出ると親父がロータリーに車を停めて待っていて、俺と朔をアパートまで送ってくれる。
部屋に戻ると、すぐに風呂を洗って沸かす。そのあいだに奈未から着信がきていた。朔を風呂に入れているあいだに掛け直してみたら、今度は奈未のほうが電話に出ない。
すれ違いにため息をつきながらメッセージを送ると、秒で返信がきた。だけどよく見ると、それは奈未からではない。無事帰宅できたかどうかと、今日のお礼が書かれた江麻先生からのメッセージだった。それに返事を打ちながら、自然と頬が緩んでしまう。
彼女の奈未からよりも江麻先生からのメッセージが嬉しいなんて、ダメだろう。冷静にそう思う自分がいたが、どうしても口角が上がるから仕方がない。
その晩、結局奈未からは返信も電話もなかった。でもそれは夏休み前から今までずっと続いていたことで。だから、あまり気にならなかった。