私はそのスナック・Shin-Raiに近づくことなく、少し遠目で見ていた。
特に見覚えはない。
テレビではあんなに反応したから、真樹紅に来れば記憶なんてすぐに戻ると思っていたのに。
恐らく私が働いていたはずの場所なのに、全く記憶なんて出てこない。
だけど、私が最後に菜々に書いた手紙は、きっとここにあるんだと思う。
もしかして、ここに私の彼氏でもいるの?
それとも、新たに好きな人でも――――?
そんなことを考えて、私はそれは無いと思えた。
だって、そんな簡単にテッちゃんを忘れられるとは思えないから。
「もう帰らなきゃ」
本当に私はここで働いていたのだろうか?
このお店はとっても気になるけど、最寄り駅までの終電の時間が迫っていた。
また明日、真樹紅に来よう。
詩音さんには忠告されたけど、あのミーナとも会って話してみよう。
たとえ半分は妄想だとしても、半分は真実を知っているかもしれない。
私はそう決めて、Shin-Raiに背を向けて駅へ向かった。
遅い時間なのに、真樹紅駅のホームには人がたくさんいた。
うちの最寄り駅の甘利駅だったら、絶対に閑散としている時間のはず。
そんなことを考えながら、私は電源を切っていたスマホを開いた。
そろそろお父さんに連絡を入れた方がいいかもしれないと思ったからだ。
電源を入れて間もなく、たくさんの着信履歴とメッセの受信が表示されていく。
ほとんどがテッちゃんと菜々からだ。
ちょうど私が電車に乗った時間から、二十分ほど前まで何回にも分けて連絡が来ている。
心配させているんだろうという想いよりも、ふたり一緒にいるんだろうと思うと胸が絞めつけられる。
それに気づくと、重症だなぁ、と苦笑いするしかない。
テッちゃんに振られても、笑顔でふたりを見守る親友の立ち位置に収まるつもりだったはずなのに。
私の心はそんな簡単じゃないんだと泣き叫んでいるようだった。
お父さんからの連絡は来ていなかった。
きっと今夜は遅いのかもしれない。
そう思うと、少しホッとした。