そして、参加者にはわからない日が昇った頃。アナウンスから心地よい音楽が流れてくる。それは誰のチョイスか、何を想っているのか。これから殺し合いのゲームが起こることなんてまるで知らなそうな音楽だった。
参加者で復讐者である業はその音楽で目を覚ました。瞼がぱちりと開いた。寝起きは良く、体調もすこぶる良い。寝袋から出て、関節を動かす。目線が動くと、部屋の様子が全く変わっていることに気づく。
眠っている間にまた誰かが入ってくるのはもう今更だ。けれど、今回は扉が用意されていた。否。扉が作られていた。
今日から行われる実地学習のためだろうと予想するのは容易い。業は興味はあれど、近づくことは控えた。いつ首が締まるかもわからない。ここまできて、ちょっとした判断ミスで絶好の機会を失うことは避けたかった。寝袋から出て、下半身と体幹もストレッチ。体調は万全。軽い食事を済ませ、使い慣れた得物を確認する。
―― おっはよーございまああぁぁぁぁぁああ……っすぅ‼‼ ――
小鳥に似つかわしくない鼓膜を引き裂きそうな声が部屋に満ちた。
さすがの業も無表情を崩し、不快に眉を寄せる。もちろんそんなことはお構いなしのアナウンスは、変わらない声量のままに声を発する。
―― 待ちに待ったこの時が来ました!! さあ皆様! 準備は宜しいですか!? この後一斉に部屋の鍵を開けさせていただきます! ドアに首のチョーカーを近づけていただきますと自動で開きます! 扉の外はワクワク! ドキドキの! パニック・パンデミック・サスペンスです!! さあさあ存分に…… ――
お楽しみくださあああああああい!!!!!!
ガちゃん。
扉が開いたのであろう音がした。唐突に始まった実地。扉の外は通路と考えるのが普通の発想だろう。そして誰かが通る可能性がある。耳を澄ませると足音が聞こえるかもしれない。
業はルーティーンを始めた。体をほぐし、軽い筋トレ。メンテナンスした武器を使用した運動。今まで触っている機会が少ない武器も持ち方や重量感を確認。
―― さっそくありました! 囚人≪模倣犯≫が復讐者≪放火≫を殺害! 計15ポイントです! ――
嬉々とした声をBGMに、業は黙々と作業を進める。一通りを丁寧に終えてから、胡坐をかいて目を閉じた。
この30日間、日常生活では学べないものが沢山あった。人の体を刻む感覚は当然。内臓の色や血飛沫の出方。獲物による切れ味の違い。そもそも獲物の扱い。筋肉と関節の切り心地。上半身と下半身の特有の固さ。満ち足りた日々。思い返し、イメージを重ねる。
業は5日間、部屋から出なかった。
ひたすらストレッチ、筋トレ、手入れ、精神統一、イメージトレーニング。繰り返し、繰り返し、念入りに備える。
その間も不定期でアナウンスが入る。囚人が殺した。復讐者が殺した。相打ち。一掃。聞いていると、パワーバランスが明らかになる。生き抜きやり遂げるための要注意人物も明確になった。
≪模倣犯≫ ≪銃殺≫ ≪絞殺≫
比較的多く名前が上がるのは3人。≪模倣犯≫は特に、多少なりとも訓練を受けた復讐者を7人は殺している。殺し慣れているのだろう。島流しにあっていたとしても衰えない殺人活動。咄嗟の状況にも適応できる対応力。殺す度にパフォーマンスが上がるタイプかも知れない。誰彼構わず殺し続けていることだろう。
業の狙いは、そこだった。
みんな張り切っている。張り切って殺しに出て、殺して、殺されて。人数が多ければ遭遇率も高い。遭遇率が高ければまとめて一網打尽にされることもある。安全地帯だと言うここも、居場所がばれてしまえば待ち伏せ、トラップをかけられる可能性もある。参加者の内容は未知数だ。慎重に行動しなければ、虚をつかれ、殺される。
だから待った。待って、待って、待って。はやる気持ちを抑えながら。皆殺しにして勝ち抜いて、たった一人を殺しに行きたいと常に思いながら。
皆、存分に殺し合え。
人数が減って仕舞えばあとは俺だけで殺れる。
厄介な奴がわかって、疲労や外傷を負っているところを狙えればより良い。
静かに自らを鼓舞し、絶好の機を待った。それはまるで、山盛りの餌の前に『待て』と命じられた犬。涎が止まらない。啜ることも忘れて、ただ目の前の餌を見つめ続ける。ただ違うのは、誰に課されたわけでもない。自分がそう判断したのだ。『その方が、きっと美味しいから』と。本能か。調教か。どちらにせよ、無意識で効率的で個性的な味わい方。
三日月のように口が歪む。抑え切れなくなった欲望が唾液となって溢れ出す。
かつては『仔犬』と呼ばれた男は、理性と本能と欲望の階段に足をかけた。
—— 囚人≪模倣犯≫は20人目を殺害! 215ポイントとなりましたぁー!! おぉっと続いて復讐者≪銃殺≫は150ポイント達成! ≪絞殺≫も次に狙いを定めています!! 残り参加人数は復讐者4名! 囚人5名! 合計9名です! ——
アナウンスが扉が流れた。
満を辞して、業は目を見開き立ち上がった。
扉は開かれた。
参加者で復讐者である業はその音楽で目を覚ました。瞼がぱちりと開いた。寝起きは良く、体調もすこぶる良い。寝袋から出て、関節を動かす。目線が動くと、部屋の様子が全く変わっていることに気づく。
眠っている間にまた誰かが入ってくるのはもう今更だ。けれど、今回は扉が用意されていた。否。扉が作られていた。
今日から行われる実地学習のためだろうと予想するのは容易い。業は興味はあれど、近づくことは控えた。いつ首が締まるかもわからない。ここまできて、ちょっとした判断ミスで絶好の機会を失うことは避けたかった。寝袋から出て、下半身と体幹もストレッチ。体調は万全。軽い食事を済ませ、使い慣れた得物を確認する。
―― おっはよーございまああぁぁぁぁぁああ……っすぅ‼‼ ――
小鳥に似つかわしくない鼓膜を引き裂きそうな声が部屋に満ちた。
さすがの業も無表情を崩し、不快に眉を寄せる。もちろんそんなことはお構いなしのアナウンスは、変わらない声量のままに声を発する。
―― 待ちに待ったこの時が来ました!! さあ皆様! 準備は宜しいですか!? この後一斉に部屋の鍵を開けさせていただきます! ドアに首のチョーカーを近づけていただきますと自動で開きます! 扉の外はワクワク! ドキドキの! パニック・パンデミック・サスペンスです!! さあさあ存分に…… ――
お楽しみくださあああああああい!!!!!!
ガちゃん。
扉が開いたのであろう音がした。唐突に始まった実地。扉の外は通路と考えるのが普通の発想だろう。そして誰かが通る可能性がある。耳を澄ませると足音が聞こえるかもしれない。
業はルーティーンを始めた。体をほぐし、軽い筋トレ。メンテナンスした武器を使用した運動。今まで触っている機会が少ない武器も持ち方や重量感を確認。
―― さっそくありました! 囚人≪模倣犯≫が復讐者≪放火≫を殺害! 計15ポイントです! ――
嬉々とした声をBGMに、業は黙々と作業を進める。一通りを丁寧に終えてから、胡坐をかいて目を閉じた。
この30日間、日常生活では学べないものが沢山あった。人の体を刻む感覚は当然。内臓の色や血飛沫の出方。獲物による切れ味の違い。そもそも獲物の扱い。筋肉と関節の切り心地。上半身と下半身の特有の固さ。満ち足りた日々。思い返し、イメージを重ねる。
業は5日間、部屋から出なかった。
ひたすらストレッチ、筋トレ、手入れ、精神統一、イメージトレーニング。繰り返し、繰り返し、念入りに備える。
その間も不定期でアナウンスが入る。囚人が殺した。復讐者が殺した。相打ち。一掃。聞いていると、パワーバランスが明らかになる。生き抜きやり遂げるための要注意人物も明確になった。
≪模倣犯≫ ≪銃殺≫ ≪絞殺≫
比較的多く名前が上がるのは3人。≪模倣犯≫は特に、多少なりとも訓練を受けた復讐者を7人は殺している。殺し慣れているのだろう。島流しにあっていたとしても衰えない殺人活動。咄嗟の状況にも適応できる対応力。殺す度にパフォーマンスが上がるタイプかも知れない。誰彼構わず殺し続けていることだろう。
業の狙いは、そこだった。
みんな張り切っている。張り切って殺しに出て、殺して、殺されて。人数が多ければ遭遇率も高い。遭遇率が高ければまとめて一網打尽にされることもある。安全地帯だと言うここも、居場所がばれてしまえば待ち伏せ、トラップをかけられる可能性もある。参加者の内容は未知数だ。慎重に行動しなければ、虚をつかれ、殺される。
だから待った。待って、待って、待って。はやる気持ちを抑えながら。皆殺しにして勝ち抜いて、たった一人を殺しに行きたいと常に思いながら。
皆、存分に殺し合え。
人数が減って仕舞えばあとは俺だけで殺れる。
厄介な奴がわかって、疲労や外傷を負っているところを狙えればより良い。
静かに自らを鼓舞し、絶好の機を待った。それはまるで、山盛りの餌の前に『待て』と命じられた犬。涎が止まらない。啜ることも忘れて、ただ目の前の餌を見つめ続ける。ただ違うのは、誰に課されたわけでもない。自分がそう判断したのだ。『その方が、きっと美味しいから』と。本能か。調教か。どちらにせよ、無意識で効率的で個性的な味わい方。
三日月のように口が歪む。抑え切れなくなった欲望が唾液となって溢れ出す。
かつては『仔犬』と呼ばれた男は、理性と本能と欲望の階段に足をかけた。
—— 囚人≪模倣犯≫は20人目を殺害! 215ポイントとなりましたぁー!! おぉっと続いて復讐者≪銃殺≫は150ポイント達成! ≪絞殺≫も次に狙いを定めています!! 残り参加人数は復讐者4名! 囚人5名! 合計9名です! ——
アナウンスが扉が流れた。
満を辞して、業は目を見開き立ち上がった。
扉は開かれた。