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屋上で一人。コンクリートに座って唯一の入り口を見つめる人型がある。前進を黒い服で包み、ゆったりとしたそれは体型からの人物像を読ませない。
彼女、≪銃殺≫は悪夢を見続けた故に不眠症を患っていた。寝たとしてもごく浅く、すぐに目覚めてしまう。慢性的な寝不足が彼女の常だった。
このゲームに参加したときも、「また変な夢を見ている」と思った。寝不足の頭は判断力を甘くする。寝不足の体は言われたことを鵜呑みにする。だからこそ、初見殺しの状況を回避できた。直前に言われたことも理解できない頭だったが、言われたことをした。プロフィールを見た。見慣れた字で書いてある、自分のこと。それを読んで、ようやく頭が覚めた。
「Oh my god……」
≪銃殺≫は口を手で覆った。それは確かに自分の字。書いた記憶もある。だが、まさか、本当にこんなことになるとは思わなかった。
アナウンスから流れてくるのは言葉は母国のものではない。だが、知人の影響で多少はわかる。殺し合いをさせられる。殺らなければ、殺られる。
壁にかけてある銃を、手に取った。
生きることだけを考えて、死に物狂いで学んだ。銃の扱いは知っていた。なるべくこちらが有利になるよう、命中率は低くとも一撃でもあたるものを選んだ。この国の人間は銃に慣れていないだろうという予想。アドバンテージはある。散弾銃を選んだ。方向さえ合っていれば、一発は当たるだろうと考えた。
実地が始まった瞬間、勝率を上げるために屋上へ向かった。途中、やはりスタートダッシュで飛び出してくる人間がいて、やむなく火花を散らす。仕留め切れたか確認せず、≪銃殺≫は一目散に階段を駆け上った。アナウンスが流れる。点が入って、≪銃殺≫は自分が殺したことを知った。同時に絶望した。≪銃殺≫が、憎い相手と同じことをしている。≪銃殺≫は外の風に吹かれながら嘔吐した。屋上から吐瀉物が落ちる。多少の飲食物は持ってきた。水で洗うも、食事は喉が通らなかった。
屋上をとったのは正解だった。入り口が一つしかないのは、警戒するストレスが減る。命中率が多少悪くとも、広範囲に飛ぶ銃弾は飛び込んできた敵に傷を作る。死体は屋上から捨てればいい。
数日間待ち伏せスタイルでいた≪銃殺≫の噂が広まったのか、迂闊に近づいてくる人間はいなくなった。警戒の意図は途切れない。長すぎる空白の時間が、心身の余裕を削っていく。食事は今も喉を通っていなかった。≪銃殺≫はしばらく立ち上がっていない。襲ってくる人間がいなければ、扉を閉める必要も、死体を捨てる必要もなかったからだ。足の感覚は、と、思ったところで思い出せるものではなかった。
「How long times……does this hell keep catching me……?」
月夜に呟いた言葉は、向かい風に消えていった。風の音が耳をかすめる。集中力が途切れていた。ドアノブが回されたことに、気付くのが遅れた。
夜中に似つかわしくない大きな音を立てて、屋上の扉が開いた。一拍遅れて、≪銃殺≫は銃を構えた。そして反射的に侵入者に向かって引き金を引く。
「What's that!?」
≪銃殺≫の目に飛び込んできたモノ。それは、死体の連串だった。背後にそれを操っている者がいる。何かで連なった死体は、銃弾も跳弾もその身に受け、後ろで操る人物まで届かせない。
異様な物体が銃弾を食らって穴だらけになりながら≪銃殺≫に向かってくる。ほとんど感覚のない足を、記憶を掘り起こして無理矢理起動する。
間一髪で避けた。足に気をとられ、持っていた銃は投げ出されてしまった。目の前に迫った死体の串を、横からまじまじと見た。戦闘の肉の後ろは、上肢と下半身、そして頭が破棄されている。余計な重さを省いたのだろう。人とは思えない所業に、血の気が引いていく。
「躱されちゃったかぁ。まだ元気だったんだねぇ」
背後で生きる肉が間延びした声で言う。
声のする方では≪銃殺≫を見つめる、月明りに照らされた男がいる。黒い何かが全身を彩っている。
「……Death……」
無意識に呟いた言葉は、≪模倣犯≫の耳にも届いた。表情一つ変えずにいるその様子は、怒りとも喜びとも言えず。ただ正義を執行すると言い放った男の所業を言い表していた。
「≪銃殺≫さん。ああ、Mrs.≪銃殺≫って言った方が良いかな」
「……どっち、デモ」
「ああ、よかったー。外国語は苦手なんですよねぇ。助かりました」
串替わりの薙刀を大きく横に振る。死体は抜け落ちて、そこらに散らばった。鮮血が≪模倣犯≫の周囲を円状に彩る。
≪銃殺≫は再度、後悔した。このイベントに応募してしまったことを。何がきっかけだったか。誘われたんだ。被害者の会で。新入りに。走馬灯にしては雑な映像が脳裏に映った。
「えーっと、じゃあ……、Good moon night」