ギャルが死んだ、前日。珍しく「明日は来れない」と言っていた。男児が公園に行くことは変わらなかったので、その時は特に何も思わなかった。その時になって、時間が経つのがひどく遅く感じていた。

 珍しく、夕陽を見て「綺麗だ」と感想を持った。朱色に焼けた空を、紺色が覆い隠してく猫の目のような満月だった。

 とぼとぼと家に帰ると、いつも通り人が住んでいなさそうな惨状。一緒に住んでいるはずの母親はどこかで息をしているだろう。でも、どこで息をしているかなんて探そうとも思わない。錆びだらけの蛇口から出てくる水を一気飲みする。おいしいものを知ってしまうと不味さが際立って、思わず顔をしかめる。いろいろな嫌なものを忘れるため、ごみの上で早々に眠った。

 夜中。男児の家に誰かが来た。二人の大人が玄関で立っていて、その制服には見覚えがあった。嫌な記憶が蘇って、拒否することはかなわない。特定の車に乗せられて、予想通りの場所に運ばれる。その血出たときに見えた月が小さく輝いて、雲の隙間から男児を見ていた。

「君のお母さんが、二人を殺した」

 ぶっきらぼうな警察官は、こちらの事情も心情も鑑みず、不義理に現実を突きつけた。そのうちの一人がギャルだった。制服から特定したらしい。もう一人は調査中とのことだった。

 それ以上の詳しい詳細はそれ以上教えられず。男児は強制的に施設へ入り、高校を転校し、カウンセリングを受けさせられた。

 その施設には事情を知られ、情報規制をされていた。高校生のうちは自力ではどうにもできなかった。進路について調べているときになってからこっそり事件について調べることができた。そのころにはもう、事件が解決して数年が経過し全貌がわかっていた。

『かつての夫婦と、巻き込まれた女子学生の悲劇! 内縁の妻が、元夫と女子学生を殺害した。元妻は悪魔に憑りつかれた。耳元で「元夫を殺せ」「親しい女を殺せ」「奪わせるな」「まだやり直せる」と幻聴が囁く。まるで操られたように、元妻は夜の街を裸足で徘徊し、運悪く見つけた元夫と女子学生を手に持っていた包丁でめった刺しにした。悪魔から解き放たれた元妻は「あの男は不倫していた」「なのに私から大事なものを奪った」「私の悪い噂を流して笑っている」「『神の代行者』を奪われる」と世迷いごとを喚き散らし、世間から嘲笑されるだろう。哀れな女子学生は、二人の子の友人であった。ただ挨拶をしていただけであるということが、その場にいた子への聴取でわかっている。女子学生こそ、神と天使に迎えられるべき存在である』

「…………なん……で……?」

 呟いてもわかるものではなかった。胡散臭い記事はいくらでもある。だが、おおよその内容はほぼ同じ。男児の母親が、ギャルと、疎遠になった父親を殺した。ギャルは妹と友人だった。妹は、その場にいた。

 男児は思った。母親は、家から出ていたのかと。家にいると思っていたのにいなかった。それはいつ? いつから? もしかしてずっと? もしくはたびたび外に出ていた? 幻聴? 話しているような声はしなかった。誰かに会っていたのか? 誰に? 文言は確かか? 確かなら、「元」とつけられたのはなぜ? 元夫の人物像を知っていたのはなぜ? 「親しい女」がいると知っていたのはなぜ? 「奪わせるな」? 母親が奪われることを恐れていたのを、なぜ知っている? 

「……あの、女?」

 確証はない。どこにもない。けれど、それとしか思えなかった。男児は読み漁った。ほかに情報はないか。その場にいた子はどこにいたのか。どこに行ったのか。

 だが、高校生程度の詮索ではわかるはずもない。学業そっちのけで調べるも成果はなく。退学、のちに施設を出ることになり、生きるために何かしらの仕事をした。

 夜の世界では経歴はほとんど気にされないため、素直に働いて、安定したら調べた。血眼に探す元男児となった青年に、「俺が調べてやる」と店の主が声を声をかけた。

 そうしたら、いとも簡単に分かった。

 母親は心神喪失となり警察病院に強制入院となっていた。退院の可能性、回復の兆しはないだろうとも。

 そしてもう一つ。その場にいた子でギャルの友人は、やはり妹だった。どこから見つけたのか、当時の背後の写真が青年の記憶と合致した。妹も、父親が死んだことで同じように施設に入っていた。高校にも通っていたらしいが、同じように退学となっている。写真がある。どこか見覚えのある顔立ち。けれど、外見は勝手なイメージとはかけ離れていた。かけ離れているけれど、よく知ったシルエットだ。

「そいつやべぇぞ。次読んでみろ」

 言われるがままに読む。

「『麻薬所持・売買。および未成年者による性行為の強要、斡旋、仲介などの罪。余罪多数あり、死刑に相当する罪状の持ち主である』」

 島流し。当時はもうすでに珍しくない。文面の通り、殺人は行っていないものの『死刑に相当する複数の罪』とされ、島流しとなっていた。

「どうしたい?」
「……どうしたい、というのは」
「まあなんだ、大事な奴だったんだろ、その被害者の女」
「だいじ……」

 亡くしても、言われるまで気付かなかった。大事。大事だった。大事だったからこそ、この数年、何よりも優先して調べていた。
 自覚した瞬間。わいてきたのは――『怒り』。

「俺は」
「ん」
「妹を、問い詰めます」
「問い詰めてどうするんだ。それだけで終わりか?」
「終わりにすることは、できません」
「はっきり言えや。殺すぞ」

 妹の見た目。こげ茶の髪に、金色の毛先。何か意図があるんだろうとしか思えないカラーリング。短いスカートと着崩した制服。写真は高校生ぐらいだろう。そういう服装をしていても不思議ではない。けれど、どうして。どうして。ギャルと被るのか。

「殺します」

妹が裏で手を引いている(・・・・・・・・・・・)』と、察するものがあった。根拠のない理由。だが確信しかない。
 資料を握りしめた。握りしめて穴が開いていた。タバコに火をつけた店主が、眼鏡の奥で目を光らせる。

「その言葉を使ったこと、後悔するなよ」
「しません。どんな手を使っても、必ず妹を殺します」
「どんな手を使っても、ね」

 店主は追加で一枚の紙を見せた。
 文頭には『☆復讐者専門学校 募集要項☆』と書かれていた。