「ぃっ!?」
「っ」
「ぁっ、だす、け——」


 扉を開けると、そこは死地だった。
 業の目の前に転がる生首。血がまだ吹き出している。血管が拍動を止めていない。本来は血管を隠しているはずの筋肉や皮膚は、まるでネジ切れたように乱れていて汚い。
 今まで裏の仕事に近いことをしていた業も、生首になる瞬間は見たことがなかった。いざ目の当たりにして、体が硬直した。いかに体が大きく、気も硬く、武者振るいをしていたとしても。「いざ行かん」と踏み出した一歩目でこの状況とは思わなかったのである。体は硬直し、目は瞬きを忘れ、音は鼓膜を貫通した。
 まさかまさか。部屋の防音は優秀すぎたのだ。
 転がる首が、下を向いて止まる。その近くに、体が力なく崩れ落ちた。下を向いているはずの首は、どうしてか眼球が動いて、業を見上げているようにも見える。業は頭を見つめ続ける。上から見下す分には毛玉でしかない頭。まだ一線を超えていない足を、頭の横に伸ばした。

 瞬間。落ちた首が爆発した——

「私の視線を奪うなんて許せない。私を見て♡」

 ——かのように見えたが、業の視界の外側にいる女がやったのだ。
 頭は弾け、中身が飛び散る。それはそう距離のない業も例外なく浴びた。驚きはすでに引いていた。所詮はどこの誰とも知らない囚人、もしくは復讐者。悲しみも怒りも何もない表情で顔についた中身を拭い、声のした方にようやく関心を示す。
 全身黒いボディースーツに身を包み、業を見て舌を舐めずりをした。その手に持たれているのは、鞭。黒か、紫か。艶やかな素材でできたもの。

「冷たい目♡ でも、新鮮でいいかも♡」

 飛びのいた。その先で業がいた場所を見れば、鞭が扉を叩いていて轟音が鳴り響いた。鞭は若干緩んだ後、業に目掛けて飛んでくる。

「!」
「捕まえた♡」

 咄嗟にサバイバルナイフを向けた業だが、蛇のように素早くしなやかなソレは、ナイフを避け、腕を巻き込んで首に巻きついた。残った手で外そうと試みるが、特殊な何かなのか解けない。

「あなた、部屋から出てきたってことは復讐側でしょ? ラッキーね。このまま殺してあげる♡」
「っ!」

 鞭が締め上げられる。腕の骨が軋み、首を圧迫する。

「見て♡ 私を見て♡ あなたを殺すのは私♡ あなたを苦しめているのは私♡ 私を忘れないで♡ 死んでも忘れないで♡ 『死んだ』という消せない事実は私が刻んだのよ♡」

 女——このゲームでの名称は≪絞殺≫——は、恍惚とした表情で叫ぶ。反対に、業は冷めた目で≪絞殺≫を見続けた。もう始まっている。足を踏み入れたのだと、細い息を吐き出した。
 業はサバイバルナイフを持ち替え、腕と首の隙間に刃を差し込む。幾重にもなっているうちの一重を切断した。

「っ、ふぅ」
「あらぁ?」

 切断された先は締める力を失った。幸い、根元の方を切れたらしい。豪の首に巻きつく鞭は一周もできないほどの短さになった。それでも巻きついてくる鞭をさらに切ろうとした瞬間、脱力したように緩んだ。
 持ち手が目の前に飛んできた。

「!」
「逃げちゃだーめっ♡」

 持ち手を弾くと駆け寄ってきている≪絞殺≫。その手には新たな武器が握られているのが見える。
 業は背中に背負った長柄の獲物を持ち、素早く構える。

「はっ!」
「いやんっ♡」
「ふっ」
「んんっ」

 手にしたのは、薙刀。
 向かってくる相手に対して突き出したが、上へ弾かれた。体を捻り推進力を乗せ、業は横薙ぎもの一閃を向ける。けれど相手の柔らかい体が沈み込み躱された。止まることなく一歩引いた女は、ここにきて警戒の色を見せた。

「びっくりしてたから楽勝かと思ってたけど、もしかして何人か殺ってきた?♡」
「……いいや、初めてだ」
「やんっ♡ ハジメテなの!?♡ うふ♡ 嬉しい……♡ じゃあ、私はあなたにとって忘れられない存在になっちゃうね……♡」

 頬に手を当て、首を傾ける。顔は紅潮し、目元は色っぽく艶めく。息は熱を帯び、興奮しているのか口の中の唾液が糸を引く。
≪絞殺≫は鞭を自身の首に巻いて、見せつける。

「私は首を絞めるのが好き♡ 首を絞められている時、私に懇願するように見つめられるのが好きなの♡ 私にどうして欲しい? どうされたい? 何を見たい? 何をしたい? って聞いてあげるの♡ 何か喋ろうとしたらもっと絞めるの♡ きゅっ、って言うのよ♡ その瞬間がすっごくかわいいの♡ また私を見て、縋ってくれるの♡ 見てほしい♡ もっともっと、私を見て……♡」
「聞いてない」
「私をこうしてくれたプロデューサーには感謝してるの。でもね? 約束は守らないとダメよね? 私はもっと、もっともっと見られたい♡ なのに、逮捕されて、どこかに消えちゃった。許せなぁい。私の楽しみを奪ったのは誰だと思う? わかるわよね? 警察よ。プロデューサーを逮捕した警察。その子を殺したいの、私。プロデューサーを否定する人も許さない。頼まれても許さない。私を見続けて、見て、見て、見て、目に焼き付けたら殺してあげるの。私のステージを奪ったのだから、せめて私のためになってもらわないと……。否定する人がいなくなったら、プロデューサーを探してもう一回頑張るの♡ 私、アイドルになるんだっ♡ ねぇ、あなたは誰を殺したいの? 私が代わりに殺してあげるから、死んでくれない?」
「俺が殺す。誰にも譲らない」
「私もーっ♡」

 きゃーっ♡
 ……と照れ笑い。そして腕を振り抜いた。