とは言ったものの、結構しばらく実は冗談でしたって言われるんじゃないかとやっぱり思っていた。結局そんなこともなく一週間が経過して、でも恋人らしいことなんてほとんど何もしていない。
 変わったことといえば、二人のやりとりのときは名前で呼ぶようにしたこと、一日一回は何かしらメッセージをやりとりするようになったこと。それくらい。
 それで知った誠一郎の趣味。音楽が好きで、バンドが好き。そう言われて、誠一郎の趣味、マジで全然知らなかったなって思う。
 たまたまテレビを見ていたら、あいつが好きだと言っていた『剣と鞘』ってバンドが音楽番組に出演していた。へえ。俺はテーブルに肘をついてそれを見ていて、思いついて誠一郎にメッセージを送る。
 ――テレビ見てる? あのバンド出てるね
 すぐに返事が来る。
 ――うん
 すぐにまたメッセージが来る。
 ――演奏聞いてみて。めっちゃカッコいいから
 そのメッセージを見たタイミングで、演奏が始まった。俺はそのまま演奏を聴き続ける。確かにカッコいいかも。自然に体が乗ってくる感じ。
「あ、ケンサヤだ」
 後ろで風呂上がりの弟が言った。
「何、兄ちゃん珍しいね、こんなの見るの。ケンサヤ好きなの?」
 俺は返事に困って、「ああ、まあ、最近聞いてる」とめっちゃ嘘をついた。
 弟はアイスを齧りながら、
「へえ、兄ちゃんにしては趣味いいじゃん」
 そう言って去っていった。なんなんだよ。
 そうこうしているうちに演奏が終わって、
 ――カッコよかった
 俺はそうメッセージを送った。
 ――他の曲も聴いてみる
 続けてそう送ると、親指を上に突き出した絵文字が送られてくる。
 そんなやりとりをしながらぼんやり考えていた。
 これって、なんか知り合ったばかりのクラスメイトとのやりとりみたいだ。距離感探りまくり。もう一年も一緒に野球をやってて、今は付き合ってるはずなのに。そう思うとちょっと笑えた。
 画面を見る。
 グッ、というマーク。
 ――『田沼誠一郎』。
 誠一郎は俺のことが好きなんだろう。
 俺のことを好きで、俺に告白してきて、俺はそれをOKした。
 そう思うと、好きってなんなんだろうって気分になった。誠一郎が俺のことを好きだと思う感覚が、よくわからなかった。男同士だからだろうか。
 俺は、誠一郎のことをまだ好きだとは思ってない。それでも、誠一郎とお付き合いをしていて、それが正しいのかも、よくわからない。
 メッセージアプリに表示された名前をぼんやり見つめて、俺はパジャマの上にフリースを着込んで玄関に向かった。秋もほとんど終わっていて、これじゃ寒いかもしれないけど、まあいい。家から出て、ちょっと離れてから電話マークをタップする。なんだかどきどきした。画面が通話中に切り替わって、俺はスマホを耳に当てる。誠一郎の声が聞こえた。
 ――お、おう。どうしたの、電話、急に。
「いやさ、なんか、メッセージずっと打つのあれだったからさ。今電話しても大丈夫?」
 ――うん、全然。大丈夫。
「なんかちょっと話そうよ。学校だとさ、あんま話せないし」
 俺たちはクラスも違うし部活でもグループが違うし、急に接近するのもなんとなく変なのかもって気がして、お互いに決めたわけでもないのに学校ではほとんど話したりしていなかった。
 ――おお、うん。そうしよ。
「ああ、そうださっきのバンド。うん、めっちゃよかった。カッコよかった」
 ――あ、そうだろ? カッコいいよな。
 誠一郎は嬉しそうな声だ。
「あんまりバンドとか聴かないから、新鮮だった。他にもおすすめあったら教えてよ」
 ――うん。あとで送る。
「待ってる」
 少しの沈黙。
 ――なあ、智志。
「ん?」
 ――ううん、なんでもない。
 何か言いたいのかなって思ったけど、そのままにした。それで、学校の話とかをしばらくして、電話は自然に終わった。
 帰って来て寝る準備をしていると、スマホが震えた。
 新着メッセージ。誠一郎だった。
 さっき話そうとしたことかな、って思って画面を見る。
 ――来週土曜日、予定ある?
 次の土曜日は部活が一日オフだ。
 俺は歯ブラシを咥えながら、ベッドに座って返事を打つ。
 ――土曜? あいてる
 ――一緒にどっか出かけよう
 ほお。返事。
 ――いいよ。行こう
 いくつか誠一郎から場所の提案があって、へーこんなところがあるんだ面白そうだなーと呑気に思って、
 ――あ、ここ行きたかった。ここにしよ
 そう送ってから初めて気づく。
 あ、これ、もしかしてデートか!

          *

 前日、人生で初めて着ていく服を前もって考えた。今までディズニーランドに行こうがプロ野球の試合を見に行こうが選手のサイン会に行こうがそんなことをしたことはなかった。クローゼットからあんまりくしゃくしゃになってない服を適当に引っ張り出して鏡で三秒チェックして終わりだった。だけど、明日は人生初デートだ。
 さすがに、俺だって準備する。
 床に洋服を広げてあれこれと組み合わせを考える。絶望的に少ない材料に絶望しながら、とにかくなるべくちゃんとしているものをと選んでいく。
 どうして今までファッションに興味を持たなかったんだろう。
 とにかく素材が絶望的すぎる。
 どれをどう組み合わせてもまともなものが完成する気がしない。絶望しながらうんうん唸っていると親がノックなしに部屋に入ってきそうになって大声で止めて(この作業を見たら何を言われるかなんて簡単に想像できる)、「あんたまた変なことしてんの? あんまやるとハゲるわよ」とか言われたけどそれも受け入れる。
 今日の俺の心は海より広いのだ。
 だって明日はデートだから!

 そして朝になった。そこそこ寝れて、自分の図太さに感謝した。昨日のうちに服は用意してあったから朝の準備がいやに早く終わってしまって、俺はなんとなく洗面所に向かう。弟が前髪を触って髪の毛をセットしているところだった。
「なに、手洗うの」
 上目遣いで鏡を見ながら弟が言う。
「……いや」
 俺は返事をしながら弟の顔を見る。弟は、俺とはあんまり似ていない。そんで結構イケメンの類だと思う。中学生のくせにもう何回も告白されてるらしい。ぼんやり弟の顔を見る。素材はそんなに変わらない、パーツは近い感じなのに、並べ方でこうも変わるものだろうか。
 はあ。
「朝からため息つくなよ」
 ごもっとも。
 弟は満足したのか鏡の前を立ち去った。洗面台の電気をつけて、顔を洗って、なんとなく鏡と向き合ってみる。自分の顔がある。変なものがついてないかくらいの確認だ。
 別に自分の顔がすごく嫌いとかじゃないし、どうしようもない顔だとも思わないけど。
 ――誠一郎はこれが好きなのか?
 うーん。
「わからんな」
 俺は言って、電気を消して家を出た。

 乗り換え駅で待ち合わせだった。改札を入ると、すぐに誠一郎が見えた。こちらに気がついて、手を振ってくる。
「おー」
「うす」
 誠一郎はシンプルな服だった。チノパン。紺のジャケット。そこからカーディガンが覗いて、襟シャツ。大学生みたいだ。すごくオシャレ――かどうかは、そもそも俺はよくわからない。でも、似合ってる。ちゃんと鍛えてる体だから、綺麗に着こなしてる感じ。
 俺は視線を下げて自分の服を見る。パーカー。袖までプリントがある。色がこれがいいなって思って選んだけど、せめて無地のやつにしてくればよかった。そんでジーパン。なんか、改めて見るとすごくガキっぽかった。昨日あんなに一生懸命選んだのに。
「なんかごめん、こんなんで」
「そんなことないよ」
 誠一郎は笑った。
「私服滅多に見れないし。新鮮」
 誠一郎はなんでかすごく嬉しそうで、その顔を見てようやく理解する。
 あー。こいつまじで俺に惚れてる。これはマジで惚れてる顔だ。
 そう思うと、俺までなんか照れてきた。恥ずかしくてちょっと視線をそらすと、俺が照れてることに誠一郎も気づいて誠一郎まで照れちゃって、慌てて「じゃ、行こうか」なんて言ってくるけどお互いに顔が見れない。
 電車に乗り込んで東へ向かう。
 電車は混んでいた。さっきの照れが残っているのか、誠一郎はずっと黙ってて、俺もなんだか何を言えばいいのかわかんなくなっちゃって黙ってた。
 でもそれも気まずいなって思って、何か話そうと俺が「あのさ」と言ったタイミングで誠一郎も「そういえば」って言って、お互いに譲り合って結局黙ってしまった。
 そのまま会話にどこから手をつければいいのか手がかりがなくて、「あ、あと三駅」と誠一郎が言うまで俺たちはずっと黙っていた。
 そして降りたことのない駅で降りる。
「おあー」
 地下鉄から地上に出た瞬間、天に向かって一本に伸びる塔。この国で一番高い建物。
 東京スカイツリー。
 首が曲がりそうなほど上を見上げて、ちらりと視線を横にやった。誠一郎は目を細めながらスカイツリーを見上げている。
「たっかいなあ」
 思わずといった感じでそう呟いた。
「な」
「うん、高い」
 我ながら小学生の感想みたいだ。だけど、本当に高い。これを人間が建てたんだって思うと不思議だった。これよりもっと高い建物も世界にはあるらしい。俺は感動するというよりも、ちょっと怖いなと思った。なんか、そんな話がどっかにあったような気がする。何だっけ。
 しばらく黙って二人で見上げていて、首が痛くなってきたころ誠一郎はスマホを見て「予約、そろそろだから」と言った。
「登ろう」
 入場してエレベーターを待っていると、ロビーにはわんさか人がいて、外国のひととか、学生のカップルとか、親子連れとかいろいろいた。俺と誠一郎はその中にいて、多分他の人から見ると友達っていう風に見えるんだろう。
 誠一郎がデートに提案してきた場所は、どこも変に学校から離れていて、多分わざとなんだろうなって思う。誰かに見られたくないって思ってるんだろうか。別に俺と誠一郎は同じ部活なんだし、一緒にいるところを見られても何も問題ないのに。
 そう思って誠一郎に話しかけようとした瞬間、ちょうど俺たちがエレベーターに乗り込む順番が来た。奥に乗り込む。
 エレベーターはぐんぐん上昇した。
 耳が詰まる嫌な感じがして頭を抑えると、
「つば飲み込みな」
 そう言われてごくっと飲み込むと楽になった。
 誠一郎の方を見ると、エレベーターのみるみる増えていく高さの表示をじっと見つめていた。
 今俺は、誠一郎と一緒に、スカイツリーのエレベーターに乗っている。
 内臓が浮いているみたいな、変な感じがする。
 一ヶ月くらい前は、同じ部活なのにあまり話さないくらいの距離感だったのに。
 目の前の男女二人組が嬉しそうに囁きあって指を絡めて手を繋いでいる。
 何よりも予想外なのは、俺たちはカップルで、付き合っていて。
 誠一郎を見た。まだ増える数字を見ている。俺の視線に気づいて誠一郎がこっちを見て、
「もう、着くよ」
 と笑った。そして、エレベーターがひゅうっと減速して、扉が開いた。
 そして、向こう一面に広がった景色。
 天気の良い日でよかった。でも、そのせいか結構怖い。別に高所恐怖症じゃないのに。でもびびってるのを見せたくないから、普通に歩く誠一郎についていく。
「結構、怖いな」
 振り返った誠一郎がそう言って、安心する。
「うん、怖いよこれ」
 恐る恐るという感じでガラス窓に近づく。
「急に割れたりして」
 誠一郎が冗談めかして言って、びっくりして「ばか!」と怒ったけど、本当はまったく同じことを考えていた。
 とはいえ時間が経つと慣れてくるもので、適当に歩いているうちにだんだん楽しむ余裕もできてきた。周りながら、あたりの景色に目印を探す。
「どこまで見えるんだろうな」
「なんか日本中見えそうな気もする」
「それはさすがに」
「まあ、そうだね」
「東京は全部見えるのかな?」
「どうだろう……あ、あれ、東京ドーム」
「ほんとだ」
 あまりに高いせいか、人の姿なんかももうほとんどわからなくて、そこに人がいるっていう感じがあんまりしない。ミニチュアの街を見ているみたいだ。
「これを人間が建てたってのがすごいよな」
「そうだね」
「百年後にはもっと高いの建ててるのかな。すごいよな」
 誠一郎は地平線を見て言った。俺もそっちを見る。そこにいつかもっと高い何かが建つかもしれないんだ。そうか、それはすごいことなんだ。

「地上だぁ、安心する」
 タワーの根元に降り立ってそう言うと誠一郎は笑って同意する。
「地面が一番」
「はは、ほんとにそう」
「――せっかくだし、そこ、見てかない? 時間、大丈夫?」
 誠一郎は近くの商業施設の入り口を指差した。頷いた俺に、「行こ」と言って誠一郎は歩き出す。俺は後ろをついていって――少し歩みを早めて隣に行った。
 自動ドアが並んで歩く俺たちを出迎えるみたいに開いた。中にはいろんな店があって、結構広い。案内板を見てもよくわからなかったので、適当に見て回ることにした。まだまだ時間はある。
「あ、ここ入ろ」
 そう言って服屋に入る。店内はカジュアルな雰囲気だ。
 そうだ。
「せっかくだから何か、こう、選んでよ」
「え?」
「俺、服のセンスが絶望的なんだよ。だから選んで欲しい」
「絶望的て」
 誠一郎が笑う。俺は店の鏡の前に行って、自分を指差し「絶望」、と言った後に誠一郎を指差して「希望」、と言った。
「いや、希望もおかしいだろ」
 そうかな。そうかも。まあ、とにかく!
「うーん、そうだな。着まわせる感じがいいよな?」
 着まわしという単語でさえ馴染みがなくてドキッとしてしまう。着まわし、着まわしか。
「それ、かっこいい。うん。俺も着まわす」
「そうだなあー……」
 誠一郎は言いながら店内を回る。
「これとか」
 誠一郎が広げたのは縞模様(誠一郎いわく『ストライプ』)のシャツだった。襟がついている。
「襟がついてるのなんて普段着ないよ。制服だけ」
「でも、きっと似合うよ、ほら」
 誠一郎はそう言って、俺を鏡の前に立たせて前にシャツを重ねた。
「ね」
 不思議だった。鏡の中にいるのは今までと何も変わらない俺なのに、誠一郎の選んだシャツが重なっているだけで、どこか違う自分に見えた。そうか、俺みたいな顔だったら、ゴテゴテしたプリントのある服よりも意外とこういうシャツの方がいいのかも。
「結構智志って大人っぽい顔だから」
 誠一郎は俺の考えを読んだようなことを言う。
「きっと似合うよ」
「買う」
「え?」
 大人っぽい。大人っぽいか。ふふ。俺はシャツを握ってもう一度言った。
「俺、これ買う」
「ほんとに?」
「うん。選んでくれてありがとう」
 二人でレジに向かった。値段見てなかったと思ったけど、表示されたのは意外に手頃な値段だった。まあ、いつも着てるのよりはもちろん高いけど。今年のお年玉を机から引っ張り出したので全然問題ない。店の袋を提げて、またモールを歩く。
 俺たちは雑貨屋を見て、石鹸を見つけて二人で匂いを嗅いで、すごい良いにおいだねって話して、でも値段を見てびっくりして諦めた。文房具を見て、受験に使えそうなアイテムは何かあるかなと二人で話をした。最近の文房具は進化していて、便利すぎて使い道がぴんと来ないものも多かった。見慣れない外国の美味しそうなお菓子を食べようか迷って、いっぱい目移りしてるうちにそれだけでなんだかお腹がいっぱいになって結局何も食べなかった。キャラクターショップの大きな猫の置き物、誠一郎が「写真撮るよ」と言ってくれたので俺はピースをして、――シャッター音の直前に、通りかかったお姉さんに声をかける。
「すみません! あの、撮ってもらってもいいですか」
 誠一郎は「え、いいよ、いいよ俺は」って言ったけど、強引に腕を引っ張って二人で写真を撮る。

 気がつけばもう夕方で、さすがにお互いにちょっと疲れた感じだ。なのでカフェに入った。チェーン店じゃない、聞き慣れない名前のお店。
 向き合ってテーブルに座る。誠一郎は広げたメニューに視線を落としている。俺は改めてまじまじと誠一郎の顔を見る。
 誠一郎の左の窓にはスカイツリーが堂々と伸びている。その大きな窓から光が注いで、誠一郎の顔を照らしている。俺はその顔を見て思う。
 あれ? こいつ、こんな顔だったっけ。
 じいっと、見つめる。
 ――こんなに、かっこよかったんだ。
 っていうか、そもそも誠一郎の顔をちゃんと、じっくり見るのは初めてだったかもしれない。というかそもそもこんなに人の顔をまじまじ見たことがない。目がついて鼻がついてその下に口があって、それが共通なのにみんな違う顔なんて、変な話だ。
「智志、注文どうする?」
 目をあげた誠一郎にそう聞かれて、慌ててメニューを見る。なんか適当に頼もうと思ったのに、やばい、コーラもソーダもない。そりゃそうか。
「せ、誠一郎何にするの」
「んーと、コーヒーかな」
「大人じゃん」
 誠一郎はそんなことないと笑ったけど、俺はあんな苦いのは飲めない。
「俺は紅茶」
 誠一郎は手を挙げてウェイターを呼んで注文をする。その感じもやっぱり大人だ。
 ウェイターが去っていって、
「今日はありがとう」
 誠一郎が改まって言った。
「ああ、……うん」
 その感じがなんだか恥ずかしくて、俺は俯く。そうすると俺の鞄が目に入った。
「誠一郎、楽しかった?」
「え? なんで」
「いや、その……俺ばっか買い物してたから」
 鞄に、紙袋にビニール袋。全部俺の買い物だ。
「あ、あぁ、ほんとだ。確かに」
 誠一郎はそれを見てふっと微笑んで、
「すごい楽しいよ。本当に楽しい」
 それだけ言う。
 そっか。
 俺は安心する。
 紅茶とコーヒーが届いて、乾杯をして、話をした。だいたいが、学校の話とか、部活の話とか、それからテレビの話とか。誠一郎はドラマも好きらしくて、結構いろいろ見ているらしい。テレビとかあまり見なそうなイメージだったから、意外だった。
 思わず、「映画は観るの?」と訊いていた。
「ああ、うん。たまに」
「そう、なんだ。なんか、面白いのあった?」
 そう訊くと、誠一郎はアニメ映画のタイトルを挙げた。シリーズものとかじゃないオリジナルのアニメ映画だ。
「あの監督、今度新作やるよね」
「へえ、そうなんだ」
「この前情報出てたんだ」
「詳しいね」
「ああ、うん。まあ」
「智志はなんか、オススメは?」
 聞かれて、ちょっと返事に戸惑いつつ何本か映画のタイトルをあげる。どういうとこが好き、と聞かれて話していると、
「――智志ってもしかして結構映画好き?」
 誠一郎がするっと訊いてきた。一瞬返事に困って、でも別に誤魔化すようなこともなにもないと思って俺は素直に言う。
「うん、好き」
「そうなんだ」
 俺は結局なんだか恥ずかしくて、
「でもなんか、ちゃんと色々知ってるわけじゃなくてさ、ほんとにただ観てるだけだから、難しいことよくわかんないんだけど」
 そう言った俺に、
「じゃあ、今度は一緒に映画観に行こう」
 誠一郎が提案する。俺は頷いた。
 そうしていると、隣の席に座っていた俺たちと同世代くらいの女子二人組が「そろそろ出ようか」と言って立ち上がった。そして去り際にちらっと誠一郎を見る。絶対に見た。そしてその後二人で何かを話している。その浮ついた感じに俺は確信する。絶対に、誠一郎の話だ。あの人かっこいいね、って多分喋ってるんだ。
 俺はそれがなんだか嬉しい。
 嬉しいし誇らしい。
 そうだろ、誠一郎かっこいいよな。
 いいだろ、俺の彼氏だぞ。
 そう思って、おお。感動する。なんか、味わったことのない感覚だ。
 だけど、本当にそうなんだ。誠一郎は俺の彼氏で、俺は誠一郎の彼氏なんだ。
 俺は思わずストローを咥え込んだ。強がって砂糖を入れなかった紅茶を勢いよく吸い込む。
 あー。なんか、これは……すごいな。
 これは、なんだろう。なんか、すごいな。
 ずずずずとすすって、それは甘くないのになんだかフルーティーでトロピカルで、俺は思わず誠一郎のすねをちょんと蹴った。誠一郎も気づいてちょん、と返してくる。
 俺たちは笑い合う。誠一郎が笑ってて、嬉しそうで。
 俺の中で何かがぱちぱち弾ける感じがする。俺はなんだかすごく楽しい。楽しい。なんだこれは、なんだこれは、なんなんだ!

 カフェから出て、帰りの電車に乗る。夕飯はお互いに家で食べることになっていた。電車はそこそこ混んでて、俺と誠一郎は吊り革に掴まって話をしていた。
「なんで映画好きになったの」
「小学生の頃にテレビでやってた映画でさ、野球部の映画だったんだけど。そう、あれ。観た?」
「うん、俺も観た」
「あれがさ、結構衝撃的で。自分が野球やってなくても、たぶんあの映画は好きになっただろうなって思ったんだよね。映像が綺麗でさ、臨場感があってさ、特にあの長回しのシーンが――」
 すらすら言葉が出てくる。誠一郎はそれを聞いている。相槌が心地よくて、あ、喋りすぎかなって思ったけど、ついつい話してしまう。誠一郎は俺の話をちゃんと聞いてくれて、話していて楽しい。
 そんなうちに、あっという間に朝集合した乗り換え駅に着いた。ここで解散だ。改札をくぐる前に誠一郎が言った。
「じゃあ、今日はありがとう。楽しかった」
「うん、こっちこそ。楽しかった」
「じゃあ、また明日」
 明日は朝から練習だ。
 誠一郎がじゃ、と片手を上げた。
 俺は視線だけで周囲を見回した。周りにはちょうど誰もいなかった。俺は何かを決意する気持ちで両手を軽く広げて、「ん」とだけ言う。
 入っていいんだぞ、ほら。
 そういう気持ちで。
 入りたい、よな?
 そう思って。
 でも、本当はちゃんと入って欲しかった。あのときの俺みたいに、するっと。
 不安だった。もしかしたら入ってくれないかもしれない。ここはもう学校に近くて、今はたまたま人がいないだけ。他にも拒否する理由はいくらでもあった。だから拒否されてもしょうがない。
 でも本当に、
「ごめん」
 そう言われてしまって、俺は結構がっかりした。
 だけどそのあと誠一郎は顔を逸らしてぽつりと言った。
「……我慢できなくなるから」
 耳の後ろまで真っ赤だ。
 そうかあ。
 それじゃあ、しょうがない。