勉強に一息ついて、サイレントモードにしていたスマホを見ると、着信履歴が五件くらいついていた。何だ、と思うと発信元は全部宗田で、仕方ないと電話をかける。
「ばかぁ、智志なんで電話出ねえんだよぉ」
 宗田は電話越しでもわかるくらいに鼻声で、なんだよ何があったんだよと思うと、
「振られたぁー」
 と言ってまた泣いた。
 そのまま俺たちの電話は三時間続いて、ほとんど宗田がうおーとかあーとか言ってるだけの電話で、要約してしまえば宗田ががっついて向こうに引かれて振られたって話だった。
「俺ほんとにあいつのこと好きだったんだよぉ」
 そういう風にちゃんと言える宗田はえらい。
「そうかー」
「そうだよ、そうなんだよ、でも俺、うまく伝えられなくて。別に本当にそういうことしたいんじゃなくて、できなくたってほんとは全然よかったんだ、でも、でも」
 うおーと宗田はまた泣いた。
「大丈夫だよ、次はうまくいくよ」
 俺が言うと、
「次じゃなくて俺はマリちゃんがいいんだよおー」
 と言ってもっと泣いた。
 しばらくすると宗田は泣き疲れたのかだいぶおとなしくなって、
「そっちは? 田沼とは順調かよ」
 そう、さらっと訊いてきた。
 そのあまりにさりげないさりげなさがさりげなくなかった気もするけど、俺もしれっと答える。
「うん、うまくいってるよ」
「くそーのろけられた最悪だ」
「お前が話振ったんだろ」
「そうだった。くそー」

 部活を引退して、本格的に受験モードだ。志望校はB判定。大丈夫だ、まだ狙える。まだ頑張れば、俺はその未来を掴み取れる。
 志望校を変えると言って、担任には随分驚かれた。結構レベルを上げることになるからだ。だけど俺の成績はここ最近ぐいっと上がってきていて、客観的に見ても絶対無理ってことはない範囲なはずだった。
「うん、頑張ろう」
 担任は言った。志望調査票に書いた大学の名前。誠一郎の第一志望。
 同じ学部じゃないけど、誠一郎と同じ大学に行きたい。
 最初のきっかけはそれだった。でも、色々と調べているうちに、読んだことのある映画の評論本を書いた先生がそこにいることを知った。だから今俺は、本当にその大学に行きたいと思っている。
「そんなの関係ないよ。だってそれでちゃんと努力してるんだから」
 それは、俺があの日誠一郎に言った言葉だ。その言葉が、俺自身を励ましている。
 ――まあ、そう言っても誠一郎と同じ大学に行きたいってのが一番だけど!

          *

 勉強の息抜きにと軽く部活を覗きに行くことにした。バリバリな先輩がきたら緊張するだろうけど、俺が行ったところで大した影響もないだろう。
 そう思ってグラウンドを覗くと、部員たちがやたらにかしこまってて、なんだと思うと誠一郎がいた。あいつ……。
 鹿島田とちょうど話しているところだった。俺はそこに近づいていく。
「あ、岡本先輩」
 鹿島田はちょっと雰囲気が変わった。独善的だった感じがだいぶ薄くなってきて、しっかりみんなのまとめ役になっている。少なくとも、なろうとしている。
 きっとその姿勢はみんなに伝わってるだろう。
「次のキャプテンは鹿島田にしたい」
 大会後、引退直前の三年の会議で誠一郎が言った時、みんな口には出さなかったけどなんとなく反対みたいな空気を醸していて、
「あいつは無理じゃない?」
 宗田ははっきりそう言った。
「確かにあいつはすげえ実力あるけどさ、まとめ役は向いてないよ。現にほら、こんな空気だし」
「俺は、鹿島田でいいと思う」
 俺は言った。俺がそんなことを言って、少し周りは驚いたようだった。
「あいつ、負けて一番泣いてたし。負けず嫌いなところも、意外と向いてると思う。責任感はちゃんと強いし、大丈夫だよ」
 周りを見回すと、なるほど、という顔。俺は言う。
「あいつは、ちゃんと頑張るよ。多分、俺らのキャプテンとはちょっと違うやり方で、でも、ちゃんと、頑張る」
 そんなことをもちろん鹿島田は知らない。
 だから相変わらず軽口を叩いてくる。
「それにしても、ほんとびっくりですよ。まさかふたりがね。凸凹カップル」
 鹿島田には、誠一郎が俺との関係を伝えた。
 なんで? って言ったら、マジで気づいてないの? と言われた。なんのことなのか、いまだによくわかってない。
「おふたりは順調ですか?」
 そう聞かれた。
「まあ、それなりに」
 誠一郎が答える。
「あーあ。じゃあ完全に失恋ですね。俺も新しい恋探さないと」
 そう言って、俺はようやく理解する。ああ、なるほど、そういうこと。
「お前に誠一郎はあげないよ」
 ぐいっと誠一郎の腕を引っ張って俺が言うと、誠一郎と鹿島田は顔を見合わせはははと笑った。
「あーもうほんと、ね。大変ですね。想像以上の強敵ですよこれは。田沼先輩、頑張ってください、はは」
 鹿島田は何かが吹っ切れたような顔をして、
「岡本先輩、どうぞ末長くお幸せに」
 そう、穏やかな笑顔で練習に戻っていった。
 俺はそこでようやく、え、あれ、と思う。
 ――え?
 頭の中がぐるぐるしだしたところで誠一郎が、
「行こうか」
 そう言って、二人で歩き出した。長引いた夏が終わって季節は秋になろうとしていて、そして冬が来て、次の春にはもう俺たちはこの学校にはいないんだ。
 校舎を出て、駅へ向かう。もう多分、そんなにここに通う回数もないはずだ。
 俺たちがここに来ることがなくなっても、それでも俺は誠一郎の隣にいたい。それだけじゃない、できれば、ずっと、ずっと。
 そのために何をすればいいか、俺は知ってる。
 それはすごく簡単なことだ。
 すごく簡単で、すごく難しいこと。
「誠一郎」
 誠一郎がこちらを見た。優しい黒い目がこちらを見つめている。
「好きだよ!」
 その気持ちにちゃんと正直でいよう。それだけは、絶対に間違えないようにするんだ。
 俺は、そう決める。