誕生日めでたくない。
十八回目のその夜、俺は0時を待たずに寝ることにした。うとうと眠れそうと思う頃にベッドサイドに置いたスマホの画面が光って、思わず起きて画面を確認してしまう。そのとき俺は、ああ自分はあいつからのメッセージを待ってるんだと気がついた。そして本当に嫌気がさした。自分の汚さが嫌になった。
時刻は0時ちょうどの表示、画面に映っていたのは弟の名前で、『おめ』とだけ書かれている。
「――さっさと寝ろよな」
そう呟いた声が、自分の耳に小さく響いた。
俺はそのまま、スマホを裏返して振動も消して、布団を頭まで被って無理矢理に眠った。
朝起きると、何件か通知。アプリが通知してきたのでとりあえずおめでとうって書きましたみたいなメッセージ。普段だったらそれでも嬉しいだろうけど、俺はああそうですかという感じだ。
宗田にとりあえず返事して、鹿島田からもなんでかちゃんとメッセージが来ていて、――誠一郎からはきてなくて。
悲しくなかった。
わかりきってたことだから。
なるほど、終わってました、ね。いや、始まってもなかったのかも。
そっか。
歯磨きをしながら適当に返事して、今日は朝練もなかったので普通に登校。当たり前に学校があって授業があって、みんな普通に一日を送っている。
俺にとっては特別な日でも、世界にとってはただの一日でしかないんだな、というのを、そろそろ自覚し始める時期で、今年のそれは決定的だったかもしれなかった。
別に、誕生日なんてめでたくないものなんだ。
昼休み、宗田と適当に学食で飯を食って、トイレに寄って教室に戻る。席に着こうとすると、宗田が来た。
「田沼来てたぞ」
え?
「なんか、借りてたもん返すって。これ」
宗田はそう言って、手に持っていた紙袋を俺に手渡した。
俺はそれを、じっと見つめた。
「ほれ、受け取れ」
見ているだけの俺に、強引に宗田がそれを渡す。変に重たいそれに、俺は思う。
貸していたもの。なんて、あっただろうか。
気持ちが落ち着かなかった。
何か貸したっけ? 映画のDVDは確か返してもらってあるし、他に何か貸した記憶もない。
改めてその紙袋を見た。
クリーム色のかわいらしい小さな紙袋。きちんと封がしてあって、まるでどこかで買ってきたみたいで――。
その紙袋の店名に見覚えがあった。あの日、あの高いタワーの下で一緒に見た雑貨屋の店名だ。そして、ふわりと薫った、優しい匂い。
これ、は。
俺は立ち上がった。時計を見る。昼休みは残り五分。教室を出た。人の来なそうなところを探して、音楽室の前、廊下の端にたどり着く。
座り込んで、丁寧にシールを剥がした。うっすらと気づいていた。袋からは香るかすかな香り。俺は、この匂いを覚えている。
袋のシールをもどかしくなりながら、それでもなるべくきれいに剥がすと、中には、やっぱりあの日二人で見た石鹸が入っていた。きれいにビニールに包まれた、クリーム色の石鹸。ずっしりと重たい。それを取り出すと、袋の底に他にも何か入っていた。
ライトブルーの四角くて薄い何か。
封筒――手紙だ。
取り出す。表には『智志へ』と書かれていて――俺の手は、それを勝手に袋に戻そうとした。
見たくなかった。何が書かれているのか、想像を拒んでいた。知りたくない、見たくない。
ダメだ、ちゃんと向き合わなきゃダメだ、そう思うけど、俺はどうしても、その封筒を開ける勇気を持てない。袋に手紙を戻そうとする腕を、それでもなんとか押し留める。
開けなきゃいけない。
そう思った、でも、開けたくなかった。
決定的な何かがそこに書かれている気がした。書かれているに違いなかった。
俺はじっと封筒を睨みつける。
ふう、ふう、ふう、と三回息を大きく吐いてようやく決心をつけ、封の犬のシールの端に爪をかけた時に、乾いたチャイムの音が鳴った。気が付けば廊下には全然人がいなくて、学校は授業の空気に染まっていた。
俺は袋に手紙と石鹸を戻して、慌てて教室へ向かう。
十八回目のその夜、俺は0時を待たずに寝ることにした。うとうと眠れそうと思う頃にベッドサイドに置いたスマホの画面が光って、思わず起きて画面を確認してしまう。そのとき俺は、ああ自分はあいつからのメッセージを待ってるんだと気がついた。そして本当に嫌気がさした。自分の汚さが嫌になった。
時刻は0時ちょうどの表示、画面に映っていたのは弟の名前で、『おめ』とだけ書かれている。
「――さっさと寝ろよな」
そう呟いた声が、自分の耳に小さく響いた。
俺はそのまま、スマホを裏返して振動も消して、布団を頭まで被って無理矢理に眠った。
朝起きると、何件か通知。アプリが通知してきたのでとりあえずおめでとうって書きましたみたいなメッセージ。普段だったらそれでも嬉しいだろうけど、俺はああそうですかという感じだ。
宗田にとりあえず返事して、鹿島田からもなんでかちゃんとメッセージが来ていて、――誠一郎からはきてなくて。
悲しくなかった。
わかりきってたことだから。
なるほど、終わってました、ね。いや、始まってもなかったのかも。
そっか。
歯磨きをしながら適当に返事して、今日は朝練もなかったので普通に登校。当たり前に学校があって授業があって、みんな普通に一日を送っている。
俺にとっては特別な日でも、世界にとってはただの一日でしかないんだな、というのを、そろそろ自覚し始める時期で、今年のそれは決定的だったかもしれなかった。
別に、誕生日なんてめでたくないものなんだ。
昼休み、宗田と適当に学食で飯を食って、トイレに寄って教室に戻る。席に着こうとすると、宗田が来た。
「田沼来てたぞ」
え?
「なんか、借りてたもん返すって。これ」
宗田はそう言って、手に持っていた紙袋を俺に手渡した。
俺はそれを、じっと見つめた。
「ほれ、受け取れ」
見ているだけの俺に、強引に宗田がそれを渡す。変に重たいそれに、俺は思う。
貸していたもの。なんて、あっただろうか。
気持ちが落ち着かなかった。
何か貸したっけ? 映画のDVDは確か返してもらってあるし、他に何か貸した記憶もない。
改めてその紙袋を見た。
クリーム色のかわいらしい小さな紙袋。きちんと封がしてあって、まるでどこかで買ってきたみたいで――。
その紙袋の店名に見覚えがあった。あの日、あの高いタワーの下で一緒に見た雑貨屋の店名だ。そして、ふわりと薫った、優しい匂い。
これ、は。
俺は立ち上がった。時計を見る。昼休みは残り五分。教室を出た。人の来なそうなところを探して、音楽室の前、廊下の端にたどり着く。
座り込んで、丁寧にシールを剥がした。うっすらと気づいていた。袋からは香るかすかな香り。俺は、この匂いを覚えている。
袋のシールをもどかしくなりながら、それでもなるべくきれいに剥がすと、中には、やっぱりあの日二人で見た石鹸が入っていた。きれいにビニールに包まれた、クリーム色の石鹸。ずっしりと重たい。それを取り出すと、袋の底に他にも何か入っていた。
ライトブルーの四角くて薄い何か。
封筒――手紙だ。
取り出す。表には『智志へ』と書かれていて――俺の手は、それを勝手に袋に戻そうとした。
見たくなかった。何が書かれているのか、想像を拒んでいた。知りたくない、見たくない。
ダメだ、ちゃんと向き合わなきゃダメだ、そう思うけど、俺はどうしても、その封筒を開ける勇気を持てない。袋に手紙を戻そうとする腕を、それでもなんとか押し留める。
開けなきゃいけない。
そう思った、でも、開けたくなかった。
決定的な何かがそこに書かれている気がした。書かれているに違いなかった。
俺はじっと封筒を睨みつける。
ふう、ふう、ふう、と三回息を大きく吐いてようやく決心をつけ、封の犬のシールの端に爪をかけた時に、乾いたチャイムの音が鳴った。気が付けば廊下には全然人がいなくて、学校は授業の空気に染まっていた。
俺は袋に手紙と石鹸を戻して、慌てて教室へ向かう。