「あれ?歩果。トランプは?」
 私のルームシェア相手の一人、島風楓が言う。
「え?テレビ台に無い?」
 私はテレビ台を指さす。
「あ、あったあった」
 楓はトランプを手に取って言う。全く、忘れやすい性格だ。
「トランプしよ?」
 楓はトランプを掲げて言う。
「私も〜」
 間延びした声が響く。もう一人のルームシェア相手。国木田和泉が言った。
 和泉ちゃんはあわててお皿を洗っていた。

 さっきは紹介が簡単になったが、改めて紹介しよう。
 久保歩果。……それしか無いなー。あ、あと、お酒に弱い。そのくせ、余計に飲む。

 島風楓。多分、このルームシェア相手の中で、一番大きい。正直、何がとは言えない。あと、時々口が悪いし、料理はとぼけたような味と美味しんだか美味しくないんだか分からないような、モヤモヤした味がの二種類がある。

 国木田和泉。メガネをかけた内気な子。この三人の中で、一番の料理上手。一番背が低い。と言っても、私と二センチしか変わらない。また、所作が可愛らしい。あと、私を「クーちゃん」と呼んいる。宝くじではない。どうやら、私の名字の久保から取っているらしい。
 男がこれを見たら、落とせそうだ。でも、私と和泉ちゃんは彼氏が出来たことがない。中学からの付き合いだが、彼氏が出来る予兆が無かった。彼氏が出来る連中は、前に出て活動するクラス委員長か、男子に混ざって話をする、陽気な女子だ。私達のように集まって話したりする女子達に、男は振り向かない。と、思っている。


 トランプを片付け、私と楓はビールを、和泉ちゃんは烏龍茶を飲みながら話す。
 今日の話題は、カップルがよく行く場所ランキングだそうな。非リアには分からん。
「まず、三位は映画館ではないでしょうか」
 楓が言う。彼女は彼氏がいたから、カップルと言うものを心得ているようだ。
「いやいや、喫茶店かと」
 私は反旗を翻す。憲法では、言論は自由だ。よっ、マッカーサー。
 私と楓は見つめ合い、同時に和泉ちゃんを見る。
「和泉ちゃんは?」
 私と楓で同時に質問する。
「……え〜と」
 和泉ちゃんは愛想笑いをしながら、耳の横を人差し指でかくようにしている。迷ってるな。
「私は……」
 少し違う穏やかな声で話し始める。いや、元から穏やかな声をしているんだけど……
「水族館……かな」
 和泉ちゃんは、ハハッと笑う。わっ、かわいい。
 ここは可愛さに免じて。
「私も水族館が良いと思います」
 楓は「裏切ったな?」と言うような顔をした。あぁ、和泉ちゃんが可愛ければ!そう言うなら!笑顔を見れれば!何度でも裏切ってやろう!よっ国木田和泉!バンザーイ!バンザーイ!フォー!と、脳内でのパレードは大いに盛り上がっていた。


 楓はお風呂から上がった。うおー。絵になる風呂上がり。世の思春期男子を虜にするような姿だ。こりゃあ、100パーセントじゃなくて、120パーセントだぞ。
「おーー」
「あ?どした?」
「いや、良い景色だなーって」
 楓は私の視線の先を目で追う。
「おい、何みてんだよ。オッサン」
 お、オッサン?
「いや、分けてくれない?」
 私は手を合わせる。
「豊胸手術しろ。どうせ、もう大きくならないんだから」
 楓は冷蔵庫に向かい、ビールを取り出す。ソファーから離れるから億劫なので、私は動かず視線と体を楓に向ける。
 私は目を細め、いかがわしく聞く。
「あんたは豊胸したの?」
「してないよ」
 楓はビールを開けながら言う。
「じゃあ、何でそんな大きいのさ」
「発育が良いんだよ。アンタとはちげーんだよ」
 楓は私を指さしながらビールを一口飲む。わ、口が悪くなった。
「だから、彼氏が離れたんだよ」
 怒り混じりで私はボソッとつぶやく。
「あ?」
 やべぇ、キレてる。声のトーンが低い。その声だよー。ガチギレまで、あと一段階の。
「あ、いえ、ごめんなさい。はい」
「楓。クーちゃんをいじめない」
 キッチンで一連のいさかい(?)を見ていた和泉ちゃんが、鶴の一声を出した。
「クーちゃん泣いちゃってるよ」
 私はワザと大げさな嘘泣きをする。
「ウェーーーーン」
「ほら、泣いちゃってるよ」
 楓は「何だよ、コイツ」と、言いたげな表情をしたあと、部屋に戻って言った。
 私は自信の行いを顧みて言う。
「大丈夫かな?楓。怒ってないかな?」
 私は体制を体育座りにする。
 和泉ちゃんは心配している。
「大丈夫でしょ。寝れば忘れるよ」
「明日怒ってたら謝るんだよ」
 和泉ちゃんは私の話は入っていないようだ。
「う、うん」
 こう言われると、私も何も言えない。
 私は部屋に入る。ベッドの上に立っている、鮮やかなピンク、黄色、水色の背中をしている大きなペンギンのぬいぐるみがある。名前はハセガワ会長。(愛称・会長)
 私はベッドに正座する。正座すれば、会長と私の大きさは同じになる。
「会長。どうすればいいんですかねー」
 私は会長に問いかけた。


 今日は、私が晩御飯を作る日だ。家の晩御飯は当番制になってるため、昨日は和泉ちゃん。で、今日は私。
 キムチ鍋を作ろうかな。寒いし。冷蔵庫を開ける。へいへい、肉に、大根に、ニンジンに、エノキに、鍋の素に……
「あ、白菜がない」
 私は気がついた。キムチ鍋には(個人的)に欠かせない白菜が無いじゃあないか。しゃあない。買ってきますか。部屋に入り、クローゼットを開けて適当な上着を着る。あと、軽くお化粧。
 よし。行きますか。
 部屋を出ると、楓とご対面した。
「あれ?歩果。どこ行くの?」
「近くのスーパー」
「私も行っていい?お菓子を買いたいんだ」
「オッケー」

 和泉ちゃんの声を背にマンションを出る。
「寒っ!」
 私はブルブルと震える。
 やっぱり冬だ。曇ってるし、日が暮れてるからさらに寒い。
「あ、そういえば歩果。何買うの?」
 楓も震えながら言う。
「白菜」
 私は即答する。
「白菜?何?晩御飯」
「キムチ鍋」
「手っ取り早く買って帰りますか」
 楓は「オー」と、握り拳を前に出した。

 お店に入ると、暖房がきいていた。
「あったか〜い」
 楓は打ち震える。
「さ。買お、買お」
 楓はお菓子を買いに、お菓子コーナーに行った。私はカゴを持ち、野菜コーナーに行く。
 白菜のついでに、ネギも無かったんだ。キムチ鍋の素のパッケージにあったし。
 私は白菜とネギをカゴに入れ、お菓子コーナーに行く。
 あ、いた。
「楓。選び終わった?」
「終わった終わった」
 楓は六つのお菓子をカゴに入れる。
「楓。買いす……」
「え?何?」
「いや、何でもない」


 家に帰ると、和泉ちゃんが出迎えた。
「お帰りー、寒かったね。お湯できたから、温かいお茶飲む?」
 和泉ちゃんはキッチンに移動しながら言う。
「ありがとう」
「あ、私ココア」
 私が手を挙げて言う。
「あ、ココア無い。二人が行った後気付いたから」
 和泉ちゃんが申し訳なさそうに言った。
「え〜〜」
 私は感覚的にぐにゃぐにゃに崩れ落ちた。


 キムチ鍋と、おじやを食べ終え、一息つく。
「もう、おなかいっぱい」
 私は腹をさする。
「さすがに食べ過ぎたね」
 和泉ちゃんは、少食なクセに、私達の食べっぷりを見て、潜んだ暴食心に火がついたのだろうか。
「あ、じゃあ、これは入らないか」
 一人余裕な表情をしている楓は、いつの間にか椅子の下にあったエコバッグを取り出す、
 楓は「フフフッ」と笑いながら、今日買ったお菓子を取り出す。よく見たら、私の好きな麦チョコがあるじゃあないか。
「でーーん」
 まさか、こんなこと考えてたのかこの女。
「じゃあ、これは私の……」
「ちょっとまった楓」
 私は開いた手を前に出す。
「何?」
「甘いものは別腹でしょ?」
「たしかにね」
 楓は言うと同時に麦チョコを開けた。
「私。良いや。もう、限界」
 和泉ちゃんは言った後、席を立ち、部屋に戻った。
「元気ないねー」
 楓が和泉ちゃんを見ながら言う。
「食べすぎたんでしょ。いつも少食だし」
「あとで、体調大丈夫か聞いてみようよ」
 楓はテーブルから身を乗り出す。

 私と楓は和泉ちゃんの部屋の前に立っている。
 私は和泉ちゃんの扉をノックする。
「和泉ちゃん大丈夫?」
 返事は無い。なんか、心配。
「入るよー」
 私は扉を開ける。
「あ」
 和泉ちゃんは寝ていた。メガネはしっかり、ベッド近くのミニテーブルにある。相変わらず、几帳面な性格だ。
 きっと、寝た一部始終はこれだ。
 和泉ちゃんは、食べ疲れて部屋にもどる。「食べすぎた」とつぶやいて、メガネを外す。
 そして、和泉ちゃんは眠気を感じる。そしてあくびをする。理由は思い付かないが、ベッドにころがる。そして、寝落ちした。
 ……想像がすぎたかな。

 翌朝。
「おはよう」
 和泉ちゃんが目を擦りながら起きた。
「おはよう」
 私と楓。二人同時に声が重なる。
「昨日、ぐっすり寝てたね」
 私が聞く。
「そう。だから、歯も磨いてないし、お風呂に入ってないの。だから、いまお風呂に入る」
 和泉ちゃんはそう言うと、お風呂に向かった。

 そういえば、洗顔をしてなかったのに気づき、慌てて洗面所に行く。
 私が洗面所に入ると、歯を磨いている和泉ちゃんがいた。
「あ、クーちゃん。どうしたの?」
「顔を洗ってなくて」
 私は両手で顔を触る。
「使う?」
 和泉ちゃんは洗面台を指さす。
「あ。ちょっと借りるね」
 和泉ちゃんが脇にどくと、私はチーターさながらに洗面台に向かう。
 洗顔料を付け、水で流す。
「ありがとねー」
 私は再び、チーターさながらに洗面台から離れた。

 私は麦茶のポッドを傾け、コップに注ぐ。
「なんか、これって良いよね」
「は?」
 私の突然なつぶやきに、楓は目をかっ開く。
「何が?バカじゃないの?」
 わっ、バカにした。
「バカって言ったー。和泉ちゃーん」
 私は手を伸ばし、向かいに座っている和泉ちゃんに泣きつく。
「ハイハイ、楓。バカって言わないの。心で思ってよ。心なら聞こえないでしょ?」
「和泉ちゃん。裏切り者?」
 私は伸ばした手を引く。
「違うよ。クーちゃんと楓。両方の味方」
 和泉ちゃんはハハッと笑う。
「で?何?なんでそれが良いの?」
 楓は話を続ける。
「いや、注ぐ音とか、空のコップが液体に満ちていく時とか」
「何言ってるか分かんない」
「こっちも分かんないよ」
 即答する。
「何?あんた」
 楓は私に呆れているようだ。証拠にため息まで吐きやがった。まあ、私も半ば呆れている。自分で自分に呆れるって、何だろう。

          *   

 三本のアームはパンダの大きめのぬいぐるみを掴み、あの世に行くように浮いた。
「お?」
希望が見えたがすぐに落ちた。
「えー」
 私はうなだれる。
「バーカ。初心者すぎんだよ」
 楓はポケットに手を入れながら言う。さながら男だな。体は女なのに。まあ、多様性かな?
「はあ?じゃあ、どうすりゃいいって言うのさ」
 和泉ちゃんがいないから、楓はやりたい放題だ。楓はため息を吐き、「いい?」と言いながら、100円を入れる。アームは滑らかに動く。
「まず、頭を掴む」
 楓が動かしているアームはぬいぐるみの頭に行く。
 楓は「つかむ」ボタンを押す。
 アームは機械的にぬいぐるみの頭を掴む。そりゃ、機械だからな。
 ぬいぐるみは宇宙人に攫われるように浮く。
「お?」
 また私は希望の声を上げる。そして、ぬいぐるみは縦に長いプラスチック板に頭が引っかかった。
「お、チャンス」
 楓はもう一度100円を入れる。
 すると、楓は趣向を変え、胴体の付け根部分を狙う。そして、体はたちまち浮き、取り出し口に落ちた。私は取り出し口からパンダのぬいぐるみを取り、抱きかかえる。
「え?楓すごい。胸しか取り柄がないと思ってたけど、すごいね」
「胸しか取り柄はないは余計だ。シバくぞ」
 私はサッとパンダで身を守る。
「悪いことはこのパンダが許さないぞ」
 私はパンダに声を当てる。パンダの腕をゴニョゴニョと動かす。
「カンフーは持ってるぞ?やる気か?」
 すると、急にパンダが遠くに行った。楓が隙をついて、パンダを取ったらしい。楓はパンダを脇に抱える。
「パンダは可哀想だから、中の人を攻撃しようかな」
 楓の指がポキポキと鳴る。
「あ、あああ」
 私は終わりを自覚した。リアルで。
 楓の両手が私の顔に行く。あ、私は顔を握りつぶされるのか。アハハ、ありがとう、父さん母さん。親孝行しなかったなー。あ、地元に住んでる友達は元気かなー。冷蔵庫にある私のプリン。和泉ちゃんが食べてないかなー。留守番だもんなー。もしかしたら食べるかもなー。
 散々回想をしたが、走馬灯は見えなかった。だって、死んでないし。顔を握りつぶされるのかとか、言ってたけど実際、こめかみをグリグリされただけだった。
「痛い痛い」
 私はあわてて楓から離れる。
「ほれ、パンダ」
 楓はパンダを私に渡す。どうやら、投げないようだ。ほえー。ぬいぐるみに愛はあるのか。

 私と楓は並んで歩く。
「楓」
「ん?」
「…………ありがとね。パンダ取ってくれて」
「別に。クレーンゲームは好きだからね」
「大事にするよ」
「あ、大事にしないやつのセリだ。多分、一年後には押し入れ行きだな」
「なんだとー」
 再びパンダに声を当てる。
「この子は大事にしてくれるさ」
 楓はニコリと笑うのが、パンダの隙間から見えた。
「だといいね」
 楓はパンダの頭を撫でた。
 この女にも、優しさはあるのか。私はしみじみと思った。

「うんまー!」
 私は楓が作った唐揚げに声を上げていた。
「何?そんな美味しいの?」
 楓はのんびりと言う。
 え?おかしい。あんなとぼけた味が売りな楓の料理がかすれる。え?確かに自分で作ったよな?おかしくない?
 ずっと私にはハテナマークがつきっぱなしだ。
「クーちゃん。どうしたの?」
 和泉ちゃんが言う。
「いや、うん」
「あ、歩果。分かったよ」
 楓は合点がいったように言う。
「え?何が?」
「私の料理がまずいから、この唐揚げはおかしいのねー。美味しいもんね」
 私は良い言い訳が見つからず、正直に言う。
「そう。何?これ」
 楓は笑いをかみ殺す。
「私にも得意料理くらいあるよ」
 じゃあ……
「何で最初からこれを出さなかったの?印象変わったかもなのに」
「あのね、得意な人はね、自分から得意っていわないの」
「…………卑怯」
「あぁ、卑怯だとも」
 楓は握り拳で胸を叩く。私は吹き出す。
「.自分で言うんだ」
「言うよ」
 三人に、笑いが起きた。

「えー。何にしようかなー」
 楓は神社の前で迷っている。
 今日は初詣。
「ほら、いくよ」
 和泉ちゃんが私たち二人を急かす。こういう時だけはせっかちなんだから。
「ねえ、歩果は決まってるの?」
 楓が言う。
「うん、決まってるよ」
 私は頷く。
「え?教えてよ」
 和泉ちゃんが目を大きくして言う。
「やーだ」
 やがて、賽銭箱前に着いた。各々、お金を入れる。
 そして、手を合わせる。

 ずっと、三人で暮らせますように。
 私はそう願った。

 気づくと、楓と和泉ちゃんが屋台でりんご飴を買っていた。