合格発表の翌々日が卒業式だった。
皓斗の制服のボタンは全滅。シャツのボタンまでむしり取られて消えた。東都大合格が職員室前の合格者一覧に張り出された効果か、皓斗の株が再上昇したらしい。
「皓斗」
「ん?」
各々が写真撮影に興じている中、振り向くと二年生時のクラスメイトがふたり立っていた。
「東都大合格おめでと! 凄いじゃん。さすが皓斗、だよな……あのさ、俺ら、ニ年の夏に態度悪かっただろ。あれ、ずっと謝りたくてさ。俺らさ、皓斗とつるんでんの自慢だったから、急に離れていっちゃって、なんつーか寂しかったんだと思う。悪かったな」
「……いや、あのときは俺こそ態度悪くして……ごめん」
あの頃の皓斗は今よりもずっと子供で、人との繋がりを疎かにしていた。
侑希と出会い、野田や涼介と過ごしてきた今ならもう少しうまくやれるかもしれないのに。
生徒たちは「お互いさまってことで」と首を横に振って続ける。
「それと……あとさ、なんかキモいこととか言ったのもごめんな!」
キモいこと……皓斗は記憶を呼び覚ます。ややあってひとつの場面と言葉が頭に浮かんだ。
——皓斗男もいけんの? ホモかよ。
「いや、あれは……」
全部が間違いではないし、そういう付き合いかたも気持ちが悪いことではないんだ、と言おうとしたところで、野田に後ろから引っ張られた。
「気にしてないよな、皓斗。ほら、あっちで涼介が待ってるぞ」
「あ、ああ? うん」
涼介とは特に約束はしてないけど、と思いつつ話を合わせる。
「じゃあな。皓斗も野田も元気でな」
生徒たちと手を振って別れた途端、野田が証書ケースで背を軽く叩いてきた。
「もう会わなくなる奴等にカミングアウトしてどーすんだよ。あいつらも困るだろ。もうちょい考えろよ。理解者ばかりじゃないぞ。ほら、涼介はフェイク。遠野くんが屋上で待ってるってさ」
「お、おお……」
屋上に向かいながら考える。
皓斗は自分の気持ちを隠すことはしたくない。
侑希が好きだ、と誰にでも胸を張って言いたいし、言える。
けれど。
『あいつらも困るだろ。理解者ばかりじゃないぞ』
言われて困惑する人、と思い浮かべてみる。
互いの両親は、伝えたらどう思うのだろうか。新しく会う大学の生徒は? 社会人になってからの同僚や上司は?
テレビドラマや小説の中では、同性間の恋愛が題材として取り上げられることが増えたけれど、まだ当たり前の世の中ではない。涼介の好きな人だって、涼介の思いを受け止めることに罪悪感があると聞いている。当事者でもそうなのだ。
――でも俺は……俺には。
「皓斗、こっち!」
屋上のドアを開けると、侑希がひとり、フェンスに寄りかかって待っていてくれた。
「卒業おめでと!」
駆け寄って、笑顔で髪をワシャワシャとかき混ぜてくれる。
俺にはこの笑顔がある。触れてくれる手がある────侑希がいる。
皓斗はそう実感して、自分も笑顔になった。
この先、同性同士で付き合う自分たちには、まだ見ぬ壁が立ちはだかるかもしれない。
逆に、知り得なかった喜びを得るかもしれない。
人生は長いから、誰にも先は見えない。
それだけは誰しも平等で。
でも、ひとりじゃない。
侑希が一緒だから。
侑希と一緒に、ふたりで手を取り合い、新しい世界に触れていけるから。
隣で同じ顔で微笑む侑希の頬に触れる。
自然に顔が近づき、唇が触れる。
温かい。触れたところからその温かさが全身へと伝わっていく。
その温かさを共にして、ここからまた、ふたりは大人への道を歩き始める。
出会ったばかりの子供だった頃は、触れたらその先になにがあるのかなんてわからなかった。
でも、今ならはっきりとわかる。
――触れたらその先にあるのは、俺逹の未来だ。
【了】
皓斗の制服のボタンは全滅。シャツのボタンまでむしり取られて消えた。東都大合格が職員室前の合格者一覧に張り出された効果か、皓斗の株が再上昇したらしい。
「皓斗」
「ん?」
各々が写真撮影に興じている中、振り向くと二年生時のクラスメイトがふたり立っていた。
「東都大合格おめでと! 凄いじゃん。さすが皓斗、だよな……あのさ、俺ら、ニ年の夏に態度悪かっただろ。あれ、ずっと謝りたくてさ。俺らさ、皓斗とつるんでんの自慢だったから、急に離れていっちゃって、なんつーか寂しかったんだと思う。悪かったな」
「……いや、あのときは俺こそ態度悪くして……ごめん」
あの頃の皓斗は今よりもずっと子供で、人との繋がりを疎かにしていた。
侑希と出会い、野田や涼介と過ごしてきた今ならもう少しうまくやれるかもしれないのに。
生徒たちは「お互いさまってことで」と首を横に振って続ける。
「それと……あとさ、なんかキモいこととか言ったのもごめんな!」
キモいこと……皓斗は記憶を呼び覚ます。ややあってひとつの場面と言葉が頭に浮かんだ。
——皓斗男もいけんの? ホモかよ。
「いや、あれは……」
全部が間違いではないし、そういう付き合いかたも気持ちが悪いことではないんだ、と言おうとしたところで、野田に後ろから引っ張られた。
「気にしてないよな、皓斗。ほら、あっちで涼介が待ってるぞ」
「あ、ああ? うん」
涼介とは特に約束はしてないけど、と思いつつ話を合わせる。
「じゃあな。皓斗も野田も元気でな」
生徒たちと手を振って別れた途端、野田が証書ケースで背を軽く叩いてきた。
「もう会わなくなる奴等にカミングアウトしてどーすんだよ。あいつらも困るだろ。もうちょい考えろよ。理解者ばかりじゃないぞ。ほら、涼介はフェイク。遠野くんが屋上で待ってるってさ」
「お、おお……」
屋上に向かいながら考える。
皓斗は自分の気持ちを隠すことはしたくない。
侑希が好きだ、と誰にでも胸を張って言いたいし、言える。
けれど。
『あいつらも困るだろ。理解者ばかりじゃないぞ』
言われて困惑する人、と思い浮かべてみる。
互いの両親は、伝えたらどう思うのだろうか。新しく会う大学の生徒は? 社会人になってからの同僚や上司は?
テレビドラマや小説の中では、同性間の恋愛が題材として取り上げられることが増えたけれど、まだ当たり前の世の中ではない。涼介の好きな人だって、涼介の思いを受け止めることに罪悪感があると聞いている。当事者でもそうなのだ。
――でも俺は……俺には。
「皓斗、こっち!」
屋上のドアを開けると、侑希がひとり、フェンスに寄りかかって待っていてくれた。
「卒業おめでと!」
駆け寄って、笑顔で髪をワシャワシャとかき混ぜてくれる。
俺にはこの笑顔がある。触れてくれる手がある────侑希がいる。
皓斗はそう実感して、自分も笑顔になった。
この先、同性同士で付き合う自分たちには、まだ見ぬ壁が立ちはだかるかもしれない。
逆に、知り得なかった喜びを得るかもしれない。
人生は長いから、誰にも先は見えない。
それだけは誰しも平等で。
でも、ひとりじゃない。
侑希が一緒だから。
侑希と一緒に、ふたりで手を取り合い、新しい世界に触れていけるから。
隣で同じ顔で微笑む侑希の頬に触れる。
自然に顔が近づき、唇が触れる。
温かい。触れたところからその温かさが全身へと伝わっていく。
その温かさを共にして、ここからまた、ふたりは大人への道を歩き始める。
出会ったばかりの子供だった頃は、触れたらその先になにがあるのかなんてわからなかった。
でも、今ならはっきりとわかる。
――触れたらその先にあるのは、俺逹の未来だ。
【了】