皓斗は自分でもわかるくらいに学力がついてきていた。
東都大を第一志望に変えた効果なのだろう、祥大と第三志望校を余裕で合格し、残すは東都大の結果待ちだった。
進路指導の教師が東都大を目指せと言ったのも、こうなるための采配だったのかもしれない。あのまま祥大に絞っていたら、なし崩しに駄目になっていただろうから。
すべての試験過程を終えると、卒業式まで学校に出向くこともなくなる。
皓斗には時間ができたものの、三年生に上がる侑希は二月から個別の塾に通い始めて、ゆっくりと会う時間は取れないままだった。
けれど今度は皓斗が侑希を応援する番だ。
受験期間中に侑希がしてくれたように、皓斗から電話やメッセージをして励まし、侑希が勉強で躓くことがあれば、ビデオ通話で問題の解説をすることもある。
侑希は医療ソーシャルワーカーを目指している。長期入院をしていたとき、世話になったワーカーから職種を知り、今度は自分がその立場で人の役に立ちたいと思った、と皓斗に教えてくれた。
辛い入院生活の中で人と接することに臆病になり、接触恐怖症になりながらも「人の役に」という思いを持った侑希を皓斗は心から尊敬する。
俺の彼氏は本当にかっこいい、俺もそんな侑希につり合う男になるんだと、何度も何度も思うのだ。
そして────
東都大の合格発表日。
高校は学年末テスト明けで午前授業になっており、教師への報告のために登校していた皓斗は、放課後まで図書室で侑希を待っていた。
すると、スマートフォンメッセージで『図書館にいるから』としか送っていなかったので、気もそぞろだったのだろう。侑希は返信なしで図書館に現れ、静かには入ってきたが、息を切らして頬を紅潮させていた。
手にはスマートフォンを握りしめたままだ。
皓斗は神妙な面持ちで侑希を外に促し、食堂併設のテラスへ向かった。
「な、どうだったんだ? 東都大」
皓斗がなかなか結果を言わないので、しびれを切らしただろう侑希が皓斗の手首を引いて聞いてくる。
ああ、侑希の手だ、触れられるの久しぶりで幸せ。ずっと触れていたい。
皓斗はそう思いながら侑希の手に手を重ねて、視線を合わせた。
「受かった!」
「へ」
「東都大法学部、合格した!」
皓斗が反対の手でブイサインを作ると、侑希の大きな瞳がひときわ大きくなり、表面が涙で揺れた。
「受かっ……」
侑希はつぶやくように言葉をこぼして、同時に大粒の涙をこぼす。
「わ、ちょっと、なんで侑希が泣くんだよ」
「だって、だって……良かった……ホッとした……良か……」
皓斗も、野田や涼介もだが、侑希も人前で涙を見せることはない。けれど今、抑えられないというように涙を流す侑希を前に、どれほどの心配をかけていたのかと、浅はかな子供だった少し前の自分を反省した皓斗なのだった。
その後は塾へ行く侑希を送り届け、野田と涼介への報告に向かった。
「おめでと! ま、受かるとは思っていたけどな」
自信満々に言うのは野田だ。野田は国内最難関の東都大をなんと推薦合格し、センター後には一足先に入学が決まっていたという怪物だ。
「サンキュ。野田とは学部は違うけど、また頼むな」
「愛のシャーペン事件を起こすような奴だからなあ。俺が監視してやらんとな」
「ぶっ……!」
皓斗は野田の言葉に飲み物を吹いてしまう。
あの出来事は「愛のシャーペン事件」として、このふたりにはことあるごとにネタにされていた。
それでもきちんと皓斗の手に戻ってきているのだから問題ない。なんとでも言えばいい。
皓斗は布巾で口元を拭いてから、涼介へもお祝いを伝える。
「改めて涼介もほんとにおめでと。めちゃめちゃ頑張ったよなあ」
高校ニ年生の残暑の日に皓斗に言ったとおり、涼介は親を説き伏せ、結局は学校側にも協力を得て、年明けに希望の会社への入社を決めた。
友人たちも着々と未来へ進んでいる。これからの長い「大人」の時間も、きっとこの仲間とこうして乾杯しているのだろうと皓斗は思う。
野田も涼介も気持ちが一緒だったらしく、三人で示し合わせたかのように「いつかはこれが酒になるな。乾杯!」とグラスを掲げた。
「そういえば皓斗、遠野とは会ってんの? あいつ元気?」
グラスに一口付けてから、涼介が聞いてくる。
涼介はこうしていつも侑希を気にしてくれている。涼介はきっと、自分とは違う側面から侑希を理解してくれている人物なのだろうと皓斗は思っている。
少し妬けるが、侑希に再び信頼できる友達ができたのは、皓斗だって嬉しい。
「それがなかなか会えてなくて……あ、ちょうどメッセージが来た!」
タイミング良く侑希からのメッセージの着信音が鳴った。
「今から会えるって!」
途端に満面の笑みが溢れる。
ふたりに吹き出して笑われ、「やっぱだだ漏れ!」と大笑いされた皓斗だった。