金曜日には三者面談が行われ、皓斗は教師から意外なことを勧められた。
「東都大を第一に変更しないか」
「え、センセ、無理だって」
「一学期末の成績も上位四パーセントに入っていたし、夏休みにかなり頑張ったんじゃないのか? 祥大の対策をしながら各教科も手を抜かなかったのがわかる」
夏休み明けの課題テストの結果が目の前に置かれた。
「元々は親御さんも、学部は違うが祥大だから志望していたんだよな、望月は」
「はい」
「確かに、校風も望月に合っているし、法科学院への合格率も高いが、合格できる力が着いてきているならさらなるトップ校を目指してやってみろ」
隣で面談に同席している母親が、皓斗を見てうんうん、と頷いている。
皓斗は少し考え、挑戦を決めた。
「じゃあ第一を東都に、第二を祥大に、しっかりやれよ」
教師が満足げに皓斗の肩を叩いた。
面談後、母親には先に帰ってもらい、教室に戻った。野田と涼介、そして侑希が待ってくれている。
皆が下校した時間帯とはいえ、二年生の侑希が三年生の教室に来てくれるなんて、ずいぶん心配をかけてしまった。
「ただいま。行ってきた」
「どうなった?」
教室に足を踏み入れた途端に野田が訊いてくる。
「ん。東都を第一に置くことになった。学部は違うけど、野田と一緒だな。頑張るよ」
「っしゃあ!」
珍しい。野田が感情を出してガッツポーズした。
「俺もそれがいいと思ってた。一緒にやろうぜ、皓斗」
涼介と侑希はポカーンとしている。
「まさかのランク上げかよ。災い転じて福? 塞翁が馬? ってこういうときに使うのか?」
涼介が野田に言って、「上手い、座布団五枚」と返されていた。
そして侑希はといえば。
「気が抜けた……」
へにゃへにゃと体を折り曲げて、机に頭を付けた。
皓斗はふたりが見ているのも厭わず、侑希が座っている席の横にしゃがみ込み、形のいい頭に手を置いた。サラリとした髪に指を通す。
「心配かけてごめんな。もう大丈夫。ちゃんと最後まで駆け抜ける」
「その言葉、忘れんなよ」
皓斗に向けたその目は潤んでいた。
***
それからの皓斗は、「努力する」ことの本当の意味がわかり、これまで以上に必死に勉強に取り組んだ。三年生になってからは頑張っていたつもりだったけれど、まだまだだった。
そういう意味では、祥大での失敗は良い教訓になったのかもしれない。けれどそれを言うと侑希にこっぴどくけなされるのだけれど。
侑希とはゆっくりと過ごす時間が作れず、ますます放課後にも会えなくなった。ただその代わりに昼休みには一緒に過ごしてくれるようになっている。
野田と涼介、たまに侑希のクラスメートが混ざったりしてふたりきりでないのは残念でたまらないけれど、生活を波立たせないための皓斗たちなりの方法だ。
こうしていれば三年生の皓斗と二年生の侑希が一緒にいても、誰もなにも思わない。
けれど少しだけ問題はある。
侑希の雰囲気がずいぶんと柔らかく変わってきたために、侑希に友逹が増えたり女の子から告白されたりするようになったりして、皓斗はやきもちを焼く羽目になっているのだ。
「じゃ、侑希、トイレ寄ってから戻るか」
「あ、うん。じゃあ」
だから、やきもちは侑希に収めてもらう。
昼休みが終わる前に、侑希とふたりして「トイレに寄って行くから」と先に席を立つのが決まりだ。
けれど本当はトイレには行かずに、東館の第二準備室に行っている。ほとんど誰も来ないから、いつもそこで短いキスをするのだ。
学校での皓斗との接触をあれだけ避けていた頃の侑希からは考えられない。
それに、一日の最後に、なんと侑希の方から電話をしてくれるようになった。
通話を終える前に、去年の皓斗がずっとしていたように、必ず「好きだよ」と言ってくれる。毎日聞いていても毎日心臓が跳ねて、ぐわーっとやる気が起きる。まるで強心剤みたいだ。
「じゃあ、また明日……好きだよ、皓斗。おやすみ」
「うん。俺もめちゃくちゃ好き。おやすみ、侑希」
今夜の電話を切ると、時計は二十三時を告げようとしていた。
「よし、あと一時間。気合い入った!」
過去問を開いて集中に入る。
本番まではあとニヶ月を切っていた。