夏期講習を三日前に無事終え、明日から新学期。つまりは侑希と皓斗の一年記念日だ。
 その日は珍しく、侑希がデートを企画してくれて、外で会うことになっていた。

 行き先は当日まで内緒だと言われている。いったいどこでなにをするんだろう。けれどなんだっていい。皓斗にとっても人生初の「付き合って一年記念日」だ。
 侑希がいればどこでなにをしても幸せなのだし、極論、たとえばそのへんの道でも、ふたりで過ごせるだけでいい。
 そう、ふたりなら、それだけで。

 そうやって、デートに誘われた日から喜色満面の皓斗だったのだが、今現在の皓斗の表情は「スン……」と真顔になっている。

 ――なぜこんなことになっているんだ。

「ホラ、皓斗そっち引っ張れよ」

 皓斗の横には野田。

「涼介、待って待って。こっちもだって」

 侑希の横には涼介。
 
 一年記念日の今日、なぜか野田と涼介を含む合計四人で、室内型アミューズメントゲームパークを訪れていた。

「いやー、なかなかスリリングだな。3D効果で感覚が掴めん」

 いくつめかのアトラクションを終えたのち、野田は上機嫌で皓斗の背中をバンバン叩いてくる。
 侑希は涼介とフードコーナーに並びに行ってしまった。

 なぜだろう。なぜ一周年記念日がこんなことになっているのだろう……皓斗のこの気持は疑問ではなく不満だ。
 楽しくないわけじゃないけれど、皆と遊ぶなら他の日で、今日は侑希とふたりで会いたかった。

「ほら、皓斗はカフェオレだろ」
 
 フードコートから戻った侑希が飲み物を買ってきてくれて、ようやく皓斗の隣に座る。
 いつもの柔軟剤の香りがふわっ、と降りてきて、抱きつきたい衝動に駆られた。
 けれどできるわけがないので、代わりに侑希が手にしている桃味のソーダのストローを口に入れた皓斗だ。

「ぅ、わー。だだ漏れだな」
「ああ、だだ漏れ。皓斗まじヤバイって」

 すると、野田と涼介がため息つきで、皓斗に呆れた視線を向けてくる。

「うっせー」

 ふたりにジト目を向けながら侑希のソーダを飲む。半分以上飲んでしまって侑希に叱られてしまい、久しぶりに皓斗犬になって謝った。

「感情コントロールがまるでなってないな」

 また野田にため息をつかれる。けれど野田はすぐに笑みをこぼした。

「まあ、前の皓斗よりは断然面白いけどな。随分変わったもんだ。でもさ、感情コントロールはしろよ。もうすぐ高校生(こども)じゃなくなるんだから」
「俺も今の皓斗はいい感じだと思うけど、あんまり重いと遠野に逃げられるぞ~」

 からかうように涼介が言ってきて、残りの桃ソーダを口に含んだばかりでむせる侑希と、ハッとして愕然とする皓斗。

「侑希、やっぱ俺って、重い……?」
「知らないよ、自分で考えろ!」

 ご主人様にすげなくされてしまった皓斗犬なのだった。

 ***


 昼食を摂ったあと、侑希が少し疲れたと言うので、涼介と野田でアトラクションに行ってもらい、皓斗も侑希と待つことにした。 

「ふたりだけで、っていうのも考えたんだけどさ」

すると、侑希が切り出した。

「ん?」
「皓斗たち、卒業したら別々になるじゃん。だけど皓斗はいつも俺を優先するだろ? それは嬉しいけどさ。せっかくあんなにいい友達がいるんだから大事にしてほしい。俺も野田君と涼介とは友達でいたいし。これからさらに時間がなくなるだろうし……悩んだけど、今日しか四人で一日遊べる日がない気がして」
「侑希……」
「あっ、だからって皓斗より気持ちが薄いとかじゃないから。そのあたり、勘違いするなよ?」

 じーん、と胸に響いた。侑希がそこまで考えてくれていたなんて思っていなかった。

「侑希は凄いなぁ。周りが良く見えてる。俺なんかよりずっとずっと大人だな……ありがとな。ほんとだな、あいつらとの時間も大事にする」

 皓斗が笑うと侑希も笑って、うん、と頷く。お揃いの顔になった。

 こんな瞬間が好きだ。
 ふたりの心の距離がゼロセンチになっている気がする。
 ベンチで隣り合わせに座ると、小指の距離もゼロセンチ。ふたりの指は自然に絡まる。

 十秒くらいそうしていて、先に離したのは侑希だった。人通りがあったからだ。
 それは大人な考え方で、やはり良く周囲をみているということだが、こういうときはもう少しだけ余韻が欲しいな、と皓斗は贅沢になる。

 そうして名残惜しさを噛み締めていると、皓斗の膝の上に小さな包みが置かれた。

「はい、これ」
「んっ!? え? なに?」
「首輪のプレゼント」
「えっ?」

 急いで包みを開けてみると、入っていたのは首輪……ではなく、シリコン製の青いブレスレットだった。

「一年目のプレゼント。誕生日に泣かれたから、今回は記念日らしいの、やっとこうかなって」
「な、泣いてねーし」
「実はホントに首輪の代わり。ちゃんとイイコにして、受験頑張れよ」

 言葉の終わりにクスッと笑い、手を伸ばして皓斗の髪をわしゃわしゃとかき混ぜてくる。
 ワンコ扱いだが、優しい指使いに愛を感じて、皓斗は自然とブレスレットを握りしめた。

「あっと、潰しちゃうな。……あれ? これって」

 ブレスレットを手のひらに置いて改めて見てみる。するとブレスレットの内側に、「y & h」と刻印がされているのに気付いた。

「気に入った? あんまり会えなくても、いつも俺は皓斗を見てる、一緒にいるんだよ、って思えるだろ? ………うわ、はっず。やっぱり皓斗の台詞を借りるのは寒いな」

 侑希は大げさに震えて体をさすった。

「失礼だな……でも……うん、すっごい嬉しい」

 皓斗はさっそくブレスレットを左腕につける。嬉しくて腕を目の前に掲げていると、侑希が優しい視線を向けてくれる。

 皓斗の瞳に映るの侑希は完璧な「彼氏様」だ。
 皓斗よりも小さくて細くて、綺麗な顔で体力がなくて、本当なら皓斗が守ってやらないといけないし、初めはそうだったはずなのに、いつの間にか立場が逆転している気がする。

 ――俺も頑張りたい。侑希につり合う彼氏になるために。

 皓斗がそう決意を新たにしたところで野田と涼介が戻り、皓斗と侑希もアトラクションに参加した。

 その後四人で閉館まで声を上げて笑い、一日を楽しんだのだった。