やっとの塾の休講日、侑希との約束の日。
 朝五時起きで数ⅢCと物理をやっつけた。

「よしっ」

 侑希のシャープペンシルを入れたペンケースを忘れないようにデイパックに入れて、出かける準備をする。

「行ってきまーす。……うわ」

 玄関から踏み出した途端にむせ返る熱気だ。隣の家の赤い屋根が燃えているように見えた。

 今年の夏も太陽がギラギラしている。
 日中は三七度を越す日も少なくないが、侑希の家に行くのは久しぶりの皓斗は、チャイムを押すときには暑さからだけでない汗をかいていた。

「どーぞ」

 玄関扉を開けてもらった途端に、侑希の、前より薄くなった気がする体に目がいった。

「なんか痩せたな。大丈夫?」
「うーん、あんま食べられなくて」
「じゃあシュークリームも無理?」

 コンビニエンスストアに寄って、侑希の好きな桃味のソーダとカスタードたっぷりのシュークリームを買ってきていた。

「あ、これ俺の好きなのじゃん。さすが皓斗。これだったらいくらでも大丈夫」

 嬉しそうな笑顔にほっとする。
 皓斗はシュークリームをおいしそうに食べる侑希にくっつきたくて、体当たり同然に隣に座った。
 すると侑希の手元が狂い、中のクリームが侑希の細い指に落ちる。

「ちょっと、皓斗邪魔。先、食べさせて」

 もぐっと結んだ唇の端にもクリームがついて、侑希は赤い舌を出してそれを舐める。

「うわ、それヤバい。ムラっと来た。シュークリームごと俺が食べる」 
「はぁ? なに、それ」

 皓斗はクリームのついた侑希の指をぺろっと舐め、ついでにシュークリームもかじってみせた。

「俺のシュークリーム!」

 侑希が言うけれど、かまわずもう一口かじる。けれど本当に食べるわけじゃない。
 そのまま侑希の口に運ぶと、侑希は細い喉をごくんと上下させて飲み込んだ。

「……甘いな……」

 ふたりでハモって、クスっと笑う。
 手に残っていたシュークリームを同じように運び終えても唇は離れない。

 今ではもう、許しを乞わずにキスができるようになった。唇を触れ合わせるだけではないキスも、侑希は受け入れてくれる。
 皓斗の侑希への思いはますます増えていくばかりだ。

「そうだ。これにもキスしてよ」

 くっついて映画を見たあとは、学校の夏季課題にも取り組んだ。その途中、皓斗は持っていた緑のシャープペンシル……侑希がくれたシャープペンシルを侑希の唇に押しつけた。

「ぶ。そんなの口に付けんなよ。汚いだろ」

 べっと舌を出す侑希。

「じゃあせめて、握って匂いを付けてよ。侑希パワーで大学合格できるようにさ」
「なにそれ。馬鹿じゃん? 匂いとか付くわけないし、そんなんで受かるか」
「俺には強力なお守りになるんだって。ほら」

 皓斗は侑希の手に無理矢理シャープペンシルを握らせ、上から自分の手で包みこんだ。

「……ほんっと皓斗ってキモい」

 言いつつも、侑希はシャープペンシルを握って「合格しろ」と真剣に念じてくれる。

「ありがとな。侑希のエキスを吸ったシャーペンで、俺はまた頑張れる」
「出た、ヘンタイ発言。キモっ」

 眉をしかめて言われたって、皓斗はご満悦だ。
 緩んだ顔で、シャープペンシルを大事に大事に握りしめる皓斗なのだった。