侑希に会いたくない、と思ったのは初めてかもしれない。
社会第二準備室の前に着いてもドアを開けるのが怖くて、一度深呼吸をしてから、勢いに任せてノブを回す。
侑希は先に来ていて、授業プリントのコピーをセットしているところだった。
「今日、日直なんだ。これだけさせて……念のため鍵は閉めて。多分誰も来ないと思うけど」
皓斗の顔を見もしないで淡々と言う姿に、みぞおちあたりにほろ苦さが上がってくる。
その苦さはじわじわと舌に染みてきて、返事もできないでいる皓斗はドアにもたれて侑希を待った。
「さっきの、なに?」
コピー機のスタートボタンを押してようやく皓斗を見た侑希は、やはり淡々と言う。
「どうして一年の階にいたんだよ」
皓斗が返事をしないからだろう、侑希が畳みかけてくる。
「……別に」
少ない唾を呑み下し、やっと皓斗は口を開いた。
「侑希とずっと音信不通だったし、さっきメッセージを送ったけど既読にもならねーから、ちょっと顔見れたらって思っただけ。付き合ってんのに、そんなふうに思うのはおかしいか?」
今度は侑希が黙り、わずかな間が生まれる。
侑希は困ったように眉を寄せ、皓斗から視線をそらしてから言った。
「……そうじゃないけど……困る。学校では会わない約束……」
そこまで聞いてカッとなった。侑希に最後まで言わせずに言葉をかぶせる。
「学校でも外でも会えないからだろ! なんだよ、俺ばっかり会いたいみたいじゃん!」
もしかして本当にそうなのかもしれない。
侑希は皓斗がいなくても全然平気なのかもしれない。
今だって侑希は否定もせずに、困惑した表情で皓斗を見ているだけだ。
胸がムカムカする。吐き出さずにいられない。
「あいつも……なんなんだよ」
「あいつ?」
「肩なんか抱かれてさ。侑希、笑ってたし、痛みもなさそうだったじゃん。いつの間にかクラスにも馴染んだんだな。もう学校で予防線を張らなくて良くなった? 良かったじゃん。けど、それなら俺とだってできるだろ!」
女々しい。これは嫉妬で八つ当たりだ。
わかっているのに止まらない。
「……あいつには笑ったくせに……っ……なんで俺ばっか遠ざけんだよ!」
女々しい。最低だ。情けなくて、反応がない侑希の顔を見ることができない。
「……もういい。一人で馬鹿みたいだ。俺、もう行くわ」
皓斗は床を見つめると、そのまま声を床に落とした。
侑希に背を向け、ノブの鍵を開ける。
がちゃりという音がやけに鼓膜に響いて、鍵を開けたのに、自身の心のドアは固く閉まったイメージが頭に浮かんだ。
「――皓斗、待って。まだ話は」
扉を開けた皓斗の腕を、侑希が掴んでくる。けれど皓斗は、思わずそれを強く振り払ってしまった。
皓斗自身も驚いたが、こんなふうに皓斗が侑希を拒否するのは初めてなので驚いたのだろうか、それとも苛立ったのだろうか。
侑希は腕を掴み直してこない。
謝れよ……頭にもうひとりの自分の声が響いてきたのに、どうしてか皓斗は謝ることができない。
それどころか、さらに女々しい言葉が口を突いて出た。
「俺、先週誕生日だったのに、なんもねぇし。っていうか、侑希は俺の誕生日自体知らないもんなぁ。きっと侑希は、俺のことなんか興味ないんだよなぁ」
「……あ……」
「だからさ、もういいよ」
「え」
本当に女々しい。誕生日がどうした。小学生でもあるまいし、皓斗だって野田や涼介の誕生日を知らないのに。
――なのに、俺はどうしてこんな小さなことにこだわってるんだ。俺、気持ち悪。
居たたまれない。皓斗はドアを開けて飛び出した。
背中で侑希の声が聞こえたけれど、今はもうなにも聞きたくなかった。