今夜はクリスマスナイトで閉園は二十二時と遅かったが、ふたりは最後までシーランドを楽しんだ。
 侑希の父親が、シーランドのすぐ近くにある会員制リゾートマンションを借りてくれたのだ。勤務先の福利厚生がきくらしい。

「うわ……高級マンションて感じ」

 広々としてきらびやかなエントランスに気後れしながら、侑希のあとをついて歩く。
 侑希は慣れたように管理人に挨拶してカードキーを受け取ると、部屋の扉を開けてくれた。

「部屋もかなり広いよ。バスルームも豪華だし」
「慣れてるなー侑希」
「小さい頃から家族できてるし。あ、出るときの掃除が使用者の義務になってるからね」
「全然オッケー。俺、美咲と交代で風呂とトイレの掃除やってるし、任せろ……って! なんだこれ。すごい豪華じゃん!」

 ドラマで見るホテルのスイートさながらの部屋にテンションが上がる。大理石の浴槽のバスルームは皓斗の部屋より大きいし、ふたつの部屋に二台ずつあるベッドも皓斗のベッドの倍の大きさだ。

「これって、一緒に寝たり……」

 いやいや、俺はなにを言ってるんだ、と皓斗は慌てて口を閉じた。
 四台もベッドがあれば別に決まっているし、治りつつあるとはいえ接触恐怖症の侑希が、他人と同じ布団にもぐるわけがない。

「……するわけないだろ」
「はは、冗談です……」

 やっぱりね、だよね、と心の中で言ってうな垂れる。
 侑希には、叱られて耳も尻尾もぺしゃんこになっているビーグルに見えていることだろう。

 その後、野田や涼介となら一緒に入って騒いだだろう広い風呂も当然別々に入ることになり、皓斗が先に入らせてもらった。
 風呂から出れば、皓斗は学校のプールや家の風呂上がりと同じ調子で、上半身裸でバスタオルで髪を拭きもって居間に戻る。

「お先でしたー」
「うん……わっ」

 するとどうしたのか、テレビを眺めていた侑希が皓斗に視線を移した途端に、大きな瞳を見開いて表情を固まらせた。

「えっ、なに」
「……なんでもない!」

 びくっと肩を揺らした皓斗を見ずに、侑希は早足でバスルームへ行ってしまう。
 皓斗の横を通り過ぎるときに見えた横顔と耳は、薄桃色に染まって見えた。

 もしかして、上半身裸の自分を見て意識してくれたのだろうか。
 そう思うと、皓斗は風呂上がりの火照りがなかなか収まらない。 
 髪を乾かしたあとも、ドライヤーを手にしたまま落ち着かずに侑希を待った。

 「ただいま……」

 しばらくしてバスルームから出てきた侑希は、上半身がTシャツ姿だった。今までで一番薄着で、白い首や腕が晒されている。

 皓斗の胸はトクンと波打った。
 侑希が皓斗の裸で意識してくれたとしたら、皓斗は侑希のTシャツ姿くらいで意識してしまう。

「ドライヤー」
「えっ?」
「ドライヤー、使うから貸して」

 侑希はどことなくよそよそしく斜めに目線を置いて、手を伸ばしてくる。
 顔が赤いのは風呂上がりのせいか、それともまだ皓斗を意識してくれているからか。

「……俺、乾かしてやる」

 皓斗はソファに座った状態で太ももを開き、左手にドライヤーを持って、右手で「ここに座って」と示した。

「は? 自分でできるし」
「俺がしたいの。いいじゃん、ドライヤーくらい。あ、なんかイタズラされると思ってる?」

 わざとからかうように言う。そうでもしないと、このあとずっと微妙な空気が流れてしまう気がした。
 せっかくのクリスマスで、せっかくふたりで一夜を過ごせるのだ。許される限界の距離まで近づいて過ごしたい。

「な、なにそれ。別に思ってなしい」

 侑希がちょっとむくれる。薄い唇をほんのすこし歪ませるのも可愛い。

 ――侑希は天邪鬼だから。

 つい口元が緩んでしまうと、侑希はむ、と眉を寄せて大股で歩いてきて、どすん、と皓斗の足の間に座った。

 作戦成功だ。皓斗はニマニマしながらドライヤーの電源を入れ、侑希のサラサラ髪を乾かしていく。
 丸い綺麗な形の後頭部、柔らかい感触の地肌。同じシャンプーの香り。それから、普段はパーカーの帽子部分で隠れていることが多い、か細い首。

 皓斗は胸をトクントクンと波打たせながら、指先を優しく使ってそれらを順に辿った。
 侑希は少しうつむいているので、首の下の方の骨と、ドライヤーの風で揺れるTシャツの下の肩甲骨が隆起して見える。

 ――綺麗だ。天使の背中みたい。

 首の骨をなぞりたい。
 羽根みたいな肩甲骨に触れて、首筋にキスしたい。
 けれどそんなことをしたら、侑希は飛び上がって逃げてしまうだろう。

 皓斗はふう、と浅く息を吐いて一度目を閉じ、気持ちに蓋をしてからドライヤーを切った。

「はいおしまい。痛くなかった?」
「ん。凄く気持ちよかった」

 皓斗の邪な思いには気付かなかったらしい。顎を上げて逆さまに皓斗を見上げ、にこっと笑う侑希は無垢でとても可愛らしかった。
 皓斗はどうにも心と身体がむずむずして、つい侑希の頭に両手を沿え、触れるだけのキスを額に落とす。

「……ちょ、急にするの、禁止!」」

 けれどそれだけで侑希は顔を真っ赤にして額を覆い、逃げようとした。

「ごめんごめん、な、それよりクリスマスプレゼント渡したい!」

 額のキスでもお伺いがいるかー、とちょっぴり傷ついた心よりも、侑希の気持ちの方が大事。
 皓斗は明るく謝って話題を変える。その話題は正解だったようで、侑希はすぐにしかめっ面を解いて、「あ、そうだ」とデイバックを取りに立ち上がった。