十月。

「誕生日、おめでとう」

 七日は侑希の誕生日だ。
 放課後に侑希の家にお邪魔して、侑希の母親が用意してくれていたケーキを前に、皓斗はカフェオレ、侑希はピーチソーダで乾杯をしてお祝いする。

「これ、プレゼント」

 皓斗は侑希の誕生日を知ってから迷うことなくプレゼントを決めていた。ただ侑希はたくさん持っているものだから、喜んでもらえるだろうかと少し緊張している。

「ありがと……わ、パーカーだ」

 包みを開けて手に取った途端、侑希がふんわりと微笑んだ。
 プレゼントのオーガニックコットン百パーセントのパーカーの柔らかさとリンクしそうな笑顔に、皓斗の表情もホッと綻ぶ。

 高価なものではないが、『空気と一緒に編み込むことで柔らかさを追及した生地は、着こむほどに肌に馴染み、春、秋、冬と活躍します』と説明書きにあり、侑希に一番似合う白を選んで購入した。

「すごく着心地良さそう。嬉しい。明日から早速着ようかな」
「今すぐ着てよ。毎日着てよ、これでさ、俺がいつも侑希を守ってるって思ってほしい」

 皓斗は大真面目に伝えた。
 侑希は普段、服を着崩すことはほとんどない。自宅ではリラックスウェアも着るが基本的には袖ありの、首元も隠れやすい服装をしている。
 学校でもいつも、一分(いちぶ)の隙もなくきっちりボタンを閉めて制服を着て、夏でも長袖のパーカーを身に着けて肌を隠していた。

 改めて聞いたことはないが、空気でも肌に触れるのが怖いという接触恐怖症からきているのだろうと皓斗は考えている。
 だから少しでも、侑希を守るものを贈りたかった。

「……なに、それ」

 侑希は大きな瞳をさらに大きくさせると、ふ、っと息を漏らして、くすくすと笑い出す。

「皓斗ってそんなふうに見えないのに、結構な女の子思考だよね」
「お、女の子……?」
「うん、若干束縛系も入ってそう」
「……う……もしかして俺、外した? キモい?」

 気を付けているのに前のめりになり過ぎただろうか。セリフは省略すればよかった。

「あ、違う違う。……嬉しいってば。今から着てみるから」

 侑希は笑顔のまま、今着用しているオーバーサイズのパーカ―を脱いだ。
 同時に、侑希の家で使われている柔軟剤の香りがふんわりと漂ってくる。少しだけ侑希自身の肌も香る気がした。

 ――侑希の香りだ。

 胸に甘い痺れが生じる。
 パーカーの下は長袖のインナーだったが、侑希の華奢な体躯を初めて間近にして、胸の痺れが締め付けに変わった。
 夏に看病したときは、侑希の着替え時は外に出てろと言われていたから、ここまで薄着になった侑希を見るのは初めてだったのだ。

 身体の奥に熱が灯る。なにかしていないとインナーを脱いだ先の肌まで想像してしまいそうで、皓斗は思わず言ってしまった。

「俺が着せる!」
「は? なにそれ」

 唖然とした侑希の手が止まったので、ローテブルの上のパーカーを奪った。
 広げてジッパーを開け、侑希の肩にかける。

「腕……触っていい?」
「馬鹿。自分で通すよ」

 侑希はさっと両腕を通した。次にジッパーの引き手に指を運ぶ。
 皓斗はその前に引き手を摘み、シッパーを閉めてやった。上まで上げ切ると、パーカーの帽子部分を整えた。

「うん、似合う」
「……なんか、やっぱ、皓斗って距離感バグってるよな」

 困ったようにハの字眉になる侑希だが、すぐに眦も口元も柔らかく弧を描く。
 皓斗はホッと安心して、腕を広げた。

「ご主人様、抱きしめてもいいですか」

夏休みの最後の日(おもいがつうじたひ)に昂ぶるまま抱きしめ、キスをしたことを咎められてからはお伺いを立てるようにしている皓斗犬なのだ。

「いーよ。はいどーぞ」

 侑希から腕を回してきて、背中をぽんぽんと叩いてくれる。
 肩口に頭を乗せられると「皓斗ならいいよ」と安心してもらえているような気がして、胸がきゅきゅ、ときしんだ。
 大きく息を吸い込めば、切なくきしむそこに侑希の香りが染み込む。

 本当はキスも乞いたい。けれど怖がらせたくないし、キスひとつでも、慣れていない侑希は息を止めて身体を強張らせるから、あとでくったりとしてしまう。
 ただでさえ体力がないのに疲れさせたくない。

「皓斗」
「ん?」

 ずっと一緒にいるんだからゆっくり進んでいけたらいい。そう思って、抱きしめながらも肌を痛くさせないように力を加減していると、侑希に声をかけられた。
 侑希の肩から額を外して見下げると、侑希は瞼を閉じて、顔と踵を同時に上げた。

 ふに、と唇が当たる。

 ――キス。

 当たっただけだがキスはキスだ。

「侑希〜!」

 ――好き、好き、好き、大好きだ!

 思わず力を込めて抱きしめてしまう。

「わ、ちょっと。痛いって」
「あ、ごめん。つい嬉しくて」

 急いで力を抜く。けれど侑希の踵は上がったままで。

「今日は、もっとしてもいいよ。……キス」

 頬を染めて目を覗いてくれる。

 ――うわ、なにこれ。計算じゃないよな? やばい侑希、天然小悪魔?

「いや、やっぱ天使だ」

 プレゼントの白いパーカーに包まれている桃色の頬の侑希は、どう見ても天使だ。

「……天然小悪魔天使・侑希」
「は? なにそれ」

 顔をしかめて唇を開ける侑希。
 皓斗はその唇にそっと唇を重ね、柔らかさと甘さ、そして多幸感に頭を蕩けさせたのだった。