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 暑さのため、昼休みの屋上は生徒もまばらだった。
 先に来ていた侑希は日陰に座って待っていて、皓斗と目が合うと、口パクで「なんなの?」と聞いた。

 口火を切ったのは招集をかけた野田。

「単刀直入に聞く。お前らもう付き合ってんの?」
「ぶほっ」

 いきなりの発言に、皓斗は飲んでいた紙パックのカフェオレを吹き出した。なぜか野田に引っ張られて来ていた涼介も、目をぱちくりさせている。

「ゴホッ、な、なに言うんだよ、野田まで。しかも、もう、ってなんだよ。ゲホッ」

 焦ってむせた皓斗と違って、野田は超がつくほど冷静だ。

「先に言っておくが、俺は同性同士の付き合いに対して特別な考え方はない。そして皓斗に関しては、真剣になれる相手が見つかったこと自体がよかったと思ってる……あぁ、前にもこれ言ったな。で、どうなんだ」
「どうって」

 確かに思いは通じたものの、付き合おう、という明確な言葉は交わしていない。実は侑希に会えたのも、あの夏休み最終日以来だ。
 あの日、キスはしたものの、どうなんだろう。

 皓斗は目玉だけを動かして、横にいる侑希を見た。
 侑希はまっすぐに野田を見ていて、かじっていたおにぎりを飲み込むと 、あっさりと言った。

「付き合ってる」
「ゆ、侑希~」

 ふあっ! とときめいてしまった。皓斗は野田や涼介の存在を忘れて、男らしい侑希を熱い視線で見つめてしまう。

 ――そっか! 付き合ってるんだ、俺達。

 顔がにへら、とだらしなくなったことに自分で気づけない皓斗に、野田の容赦ない突っ込みが入った。

「おい。そこのアホ面。だから言っただろう。今までの付き合いもある程度やっとけって。メッセージにスタンプくらい返せただろうに」
「う……それは、はい……」

 しゅん、とうなだれると、涼介が吹き出した。

「いつもポーカーフェイスだった皓斗がそんなんになるの、面白いな。でもそうか。そうなんだな。よかったな、皓斗、遠野」
「涼介……お前もその……こういうの、抵抗とかないの?」

 あまりに自然に喜んでくれる涼介に、拍子抜けする。

「教室で苛ついた理由を教えてやれよ、涼介」

 学食の不動の人気を誇るコロッケサンドに手をつけながら、野田が言った。

「あー、うん。教室でのあれ、俺が嫌だったんだよね。俺さ、バイト先の好きな人、男の人なんだ」
「えっ!」

 皓斗も侑希も揃って驚き、食べる手を止める。
 一方涼介はふたりの驚きなど介さず、早くも食べ終わった弁当箱を片付けながら言った。

 その男性といい雰囲気になってきてはいるが、相手が、ゲイではない涼介の未来を思って悩んでいるようだということ。
 年上の人で、ゲイであることで辛い経験をしたことがある人だから、LGBTをからかいのネタにされて憤ったこと。

「そうだったのか……」
「俺は涼介のバイト先の本屋に通っているうちに気づいてな」

 野田はいったい何者なのだろうと、皓斗は首を傾げた。
 夏休み前にはすでに、皓斗自身でさえも気づいていなかった恋心に気づき、侑希と思いを交わすことも、クラスメイトと揉めることもすべて想定していたというのだろうか。さらには涼介の複雑な恋愛事情の把握までも。

「こえぇよ、野田」
「ふ。俺の勘と探究心を見くびるな」

 またいつものように、黒縁メガネを上げて達観面をした野田は続ける。

「というわけだから、俺たちはふたりの味方ってこと。なんかあったら言えよ。ただし皓斗は浮かれてばかりいないで諸々注意すること。遠野くんに気苦労かけんなよ? わかったな?」

 野田様は、最後に皓斗に釘を刺すのも忘れない。
 皓斗は「はい」と神妙に返事をし、侑希はクスッと笑った。



「皓斗、いい友達持ったな」

 屋上の階段から降り、それぞれの教室に戻りながら侑希に言われて、皓斗は頷く。

 本当にそうだ。皓斗は自分を薄っぺらいと思ったりもしたが、そんなでもちゃんと見てくれている友達がいた。大事にしたい。

 そして思った。クラスメイトにも謝ろう。自分自身も相手を軽んじて見ていたのだ。これからは、そんな調子のいい付き合い方を変えていきたい。
 皓斗は侑希に出会って、本当の恋をした。だからきっと、本当の友情も知っていける。

「野田、涼介、ありがとうな。」

 前を歩くふたりに心から謝意を告げた。
 だというのに。

「……皓斗が真面目だと気持ち悪いな」
「確かに。天気予報が覆されて、雨が降るかもな」
「いや嵐だろう。ハリケーンが来るぞ」
「ヒロトハリケーン、だな」

 揃いに揃って、ニヤニヤと笑ってからかってくる。

「……んだよ、それ」

 唇を尖らせながら、隣を歩く侑希に視線を移した。
 侑希の笑顔は柔かく、そして可愛い。

 そんな侑希が躊躇せず、男らしく「付き合ってる」と言ってくれた。

 ――ああ~~今すぐ侑希を抱きしめたい!

 そう思った途端、侑希がぷるっと肩を揺らし、皓斗から一歩身体を引く。

「うわ……なんだろ、身の危険を感じる。ばいばい、皓斗」

 皓斗の邪な気持ちに気づいたようだ。侑希は野田と涼介に「ありがとう」と言って頭を下げると、素早く一年の階に逃げてしまう。  
 せっかく会えたのに、一ミリも触れられなかった。

「……いてっ!」

 侑希が消え去った廊下から目が離せないでいると、野田と涼介の両者から同時に足蹴りを受けた。

「だから漏れすぎなんだってば。諸々注意って言ったばっかだろ? 気をつけろ、アホ面」

 野田と涼介は、言葉までシンクロさせたのだった。