***

 後日侑希の母親から看病の礼の電話が入り、いたく感謝された皓斗は、今後侑希の家へのフリーパスをもらった。
 侑希もすっかり回復しており、ほっと胸を撫で下ろした皓斗は、その間休んでいた「愛の告白」を再開している。

 ただ、最近の侑希は少し様子がおかしい。
 皓斗の好き好き攻撃を批難せずただ聞いていて、終わると「うん……おやすみ」とか、抑揚のない返事をするだけになっている。

 ――まあ、ほんとのとこ、侑希からしたら困るよな。男友達から毎日欠かさず告られるなんて。

 けれど侑希は決して通話を拒否したり、「やめろ」とは言わない。
 告白した日、もう友達としてさえそばにいられないと玉砕覚悟で言ったのに、一緒にいてくれて、そのうえ気持ちを聞いてくれる。
 それがどんなにありがたいことかを、皓斗は痛感せずにはいられない。




「あーあ。明日から学校かあ」

 夏休みの間、少しの時間でも侑希に会いに行っていた皓斗だが、最終日も侑希の部屋を訪れていた。

「侑希と過ごす時間が減ってしまう……」
「まーた、皓斗は。頼むから学校ではそういうの言うなよ?」
「わかってるけどさ。こう、ポロッと出ちゃうんだよ。ポロっとさ。好きな気持ちが毎日絶賛更新中なわけですよ」
「はいはい。今までもそうやって言ってきたんだろ。慣れてるやつはこれだから」

 呆れたため息と共に、髪をわしゃわしゃとかき混ぜられる。

 こんなとき、皓斗はワンコだ。ご主人様が触れてくれるのが嬉しくて、もっともっととねだる気持ちやご主人様への愛情を、じゃれついて伝えたくなる。

「侑希だけだよ」

 細い肩にこてんと頭を置き、上目遣いに大きな瞳を覗き込む。

 最近の侑希は、皓斗となら距離が近くても平気なのを、もう知っている。
 なんといっても皓斗は忠実なワンコなのだから。

「こんなに自然に言葉が出るのは侑希だけだよ。俺さ、自分から好きになったのも告白したのも、侑希が初めてなんだ。侑希に触れて本当の恋を知ったんだよ」

 愛情を唱える皓斗の瞳を、侑希はじっと見ている。

「だからさ。好きだと伝えたいのも、抱きしめたいのも……キスしたいと思うのも、侑希だけだ」

 ずいぶんと厚かましくなった自覚はあるが、皓斗の愛情表現を侑希が本気で嫌がらず、この後「バーカ」などと言いながら可愛く拗ねるだけなのもわかっている。
 ただ、今日は少しやりすぎかもしれない。さすがに「キスしたい」はないだろう。

「っごめん、最後のは」

 嘘、と言おうと頭を肩から離そうとしたときだった。

「……いいよ」
「ん?」

 小さな小さな声が聞き取れず、すぐ隣にある横顔をじっと見つめる。

「……してもいい」

 今度は聞き取れたが、皓斗の思考は停止してしまった。

 してもいい……いったいなにを、だろう。
 まさかキスしていいというわけはないだろうと固まっていると、侑希が顔を動かし、鼻がこすれるくらい至近距離に来て、目の前に影が差した。

 反射で目を閉じる。
 鼻がこすれた。
 唇になにかが掠った。

 それは羽根が触れるようなかすかな感触ではあったが、確かに唇に、柔らかいものが触れた。

 目を開くと、侑希の顔がまだ真正面にある。

「……え? 今のって」

 潤んだ侑希の瞳を見ながら、自分の唇を指で触ってみる。

 キスされた気がする。いやそんな、まさか。と茫然としていると、侑希はベッドに座り直し、皓斗からそっぽを向いて言った。

「だから。皓斗と同じだよ。同じ気持ちってこと! 毎日毎日好きだなんて言ってくるからうつったの!」

 皓斗はそれを聞いて、もう問いかけるのはやめにした。いや、できなかった。
 夢中で侑希を押し倒し、何度も何度も唇を合わせる。

 その姿は、濁流の中で見つけた細い藁にすがるようだった。
 永い暗闇の中でようやく見つけた光を掴むようだった。

 すべての神経が今ここにある確かな存在へと向かい、それを離すまいと、ただただ必死に追いすがる。

 どれくらいそうしていたのか、息苦しさが強制的に皓斗を現実へと引き戻したとき、侑希が体を硬くして息を詰めているのがわかった。

 唇を離す。力が入ったままの侑希を柔らかく包み、背中をそっと撫でて呼吸を促す。

「ごめん、痛かった?」
「ん……ちょっとだけ……なぁ、もうちょっとゆっくりがいい。俺……だから」

 最後の言葉が聞き取れなくて、瞳を見つめることで問い返す。

「~~俺、こういうの初めてだから、ゆっくりやれって言ってんの!」

 答えた侑希は、顔だけじゃなく、耳や首まで真っ赤。

 ――ああ、もう、可愛すぎて爆発する!

「ごめん。無理。止めらんない。もう一回する」
「は?  え?  いや、もうっ」

 結局、返事を待たずに唇を塞ぐ。

 キスを重ねるたび、侑希は体をビクビクと震わせたけれど、逃げることも抵抗することもせず、瞼をぎゅっと閉じて、皓斗の服を握りしめていた。

 ────高二の夏。
 皓斗は欲しくて欲しくてたまらなかったものを手に入れた。

 この奇跡の日を、一生忘れることはない。