太陽が登るのが早く、落ちるのは遅い。セミが鳴き、ひまわりが咲く。

 夏だ。夏休みだ。侑希と遊び倒すのだ。
 今まで周囲が準備して誘ってくれ、参加するだけでよかった皓斗は、イベント雑誌に自分から目を通すのは初めてだ。付箋なんか貼って、ワクワクしながら侑希に持ちかけた。それなのに。

「え? 海へは行かない?」
「人ごみは無理だよ。海なんか上半身裸じゃん。絶対皮膚が痛くなる」
「花火も無理?」
「誰に会うかわかんないし、そもそも花火なんか夏のイベントで一番他人と接触する可能性が高いじゃん。ダメダメ」

 侑希にことごとく却下されてしまった。
 午後からの塾の前に昼食の約束をしたまではよかったのに、実のある約束はできず、落ち込む皓斗をシッシッと手で払う侑希。

「ともかくさ、夏は季節的にも駄目なんだよ。汗かくのヤだし体力奪われる。ほら、皓斗はそろそろ塾の時間だろ、行けよ」

 素っ気ない侑希と別れ、意気消沈したまま店を出て塾に向かうと、野田とすれ違った。
 皓斗は普段は塾には行っていないが、季節講習は毎回取っていて、野田の薦めで同じ塾にきているのだ。

「どうした皓斗、肩を落として」
「夏に暑くない面白い場所ってどこ?」
「唐突だな。今まで散々女子と行ったんじゃないのか?」
「行ったはずだけど記憶に残ってないんだよ」
「まったく皓斗は……」

 野田はため息をつきつつも答えてくれる。

「水族館とかプラネタリウムに行ったとか聞いたことあるけど?」
「おおー、あったな! サンキュ、野田」
「ふ。ずいぶん楽しそうでなによりだ。じゃあな」

 今度は意味あり気に笑うと、皓斗の肩をぽん、と叩いて自分の該当の教室へ向かって行った。
 皓斗も教室に向かい、席に着くとすぐにスマートフォンメッセージを送る。

「水族館は?」

 五分くらいで返信がきて、それを確認した皓斗は、満面の笑みでスマートフォンをマナーモードにして、テキストを準備した。
 
 ***

 当日は朝から何度時計を見ただろう。待ち合わせの時間がくるのが遅く感じて落ち着かない。
 とうとう美咲に「動物園のライオンみたい、うざいから早く出ていけ」と言われ、三十分も早く家を出た。

 侑希がくるまでどうやって過ごそうかと考えながら待ち合わせの駅に着くと、反対側から歩いてくる侑希の姿が見える。

「えっ」

 お互い一瞬立ち止まった。

「なんだよ、早いじゃん……」
「夏休みに友達と出掛けるなんて二年ぶりで、緊張して落ち着かなかったんだよ。ていうか皓斗こそ」
「……まあ、一緒かな」

 言いながら、ははっ、と笑ってしまう。こういうお揃い、最高じゃないか。

「よし! 今からなら開館してすぐ入れるじゃん。行こ!」

 浮かれている皓斗は、その浮かれに乗じて侑希の手を握って、ホームに向かった。
 車内に乗り込んでも握ったままで、侑希に「いつまで繋いでるんだよ」と睨まれるが、その表情もまた可愛くて、にへら、としてしまう。

 嬉しい、嬉しい、嬉しい! ……侑希と出かけて、手を繋いで、睨まれてしまった!

 侑希に関わるすべてのことに、身体中の細胞が喜んでいる。足の爪先までビンビンと興奮が伝っている。

 侑希と回る水族館も、想像していたよりももっとずっとずっと楽しくて、一日はあっという間だ。

 両親ともに仕事が忙しく、小学校高学年からは家族でのレジャー経験が少ないんだと話す侑希も、餌やり見学や触れ合いプールのひとつひとつに瞳を輝かせていた。

 水族館にしてよかったと思った。アドバイスをくれた野田様々だ。

「次は動物園とか遊園地にも一緒に行こうな」
「うん、すっごい楽しみ」

 未来の約束に、侑希が最高の笑顔を見せてくれる。
 この先侑希をたくさんの場所に連れて行きたいし、いろんな景色を一緒に見たいと皓斗は強く思った。

 その後水族館でのイベントはすべて網羅して、夕方になると、浜辺を一望できるデッキに出た。
 空はもう紫色だ。
 侑希が大きな目を細めて空を仰ぐ。

「八月に入るとちょっとだけ日が暮れるのが早くなるよな。俺、秋との境目みたいなこういう雰囲気、好きなんだ」 

 潮風に細い前髪を揺らして海を見る侑希は映画の主人公のようで、皓斗はその眩しさに目を細めてしまう。

「うん……好き。ほんとに……好き」

 許されるのなら、背中から抱きしめて何回でもそう言いたい。

「……ん? ちょ、今のって……!」

 三秒くらいの間があって、侑希がグリンと皓斗の方を向いた。

「意味が違うだろ。も、皓斗、まじで距離感バグってるから」
「へへへ」
「へへへ、じゃないし!」

 批難してくるけれど、真っ赤になった顔の、その表情からは拒否は感じられず、皓斗はつい調子に乗る。

「俺、これから毎日侑希に好きだって言うことにしよーっと」
「はぁぁぁ? バカじゃない? バカだよバカ」 
「好き、侑希、好きだよ」
「っるっさい。黙れ。人の迷惑だろ」
「誰もいませんけどー」
「ぅ……、あ、もうっ……!」

 侑希が照れてテンパっている。可愛くて可愛くて仕方がない。侑希は皓斗を犬だと言うが、皓斗にも侑希が小動物のように見えて撫で回したくなる。

 少しだけなら触れてもいいだろうか……けれど伸ばした手が侑希の頬に到着するまでに、ご主人様に命令されてしまった。
 
「皓斗、ステイ!」
「くーん……」

 残念。忠犬ビーグル皓斗は、ご主人様の前でガックリと肩を落とし、見えない尻尾も落としたのだった。