言ってしまったあと、顔を上げて侑希の目を見つめた。
 自分の真剣な思いをわずかでも隠したくない。

 侑希はしばらく唇を開いたまま沈黙し、一度大きな目を(またた)いた。

「……えっと……? なに、急に。それは俺もだよ。だから友達なんだろ。皓斗さ、やっぱ距離感おかしいって。それ、また誤解されるやつだぞ」

 冗談めかして「はは」と笑いをこぼした侑希だが、いつもの皓斗とは違うと感じ取っているようだ。笑顔が硬く、皓斗が掴んでいる手首に強張りを感じさせた。

 戸惑わせてごめん、と思う。きっと受け入れられないだろうとも。
 それでも目は絶対にそらさない。もう口に出してしまったのだ。なかったことしたくない。

「そうじゃない。本当の意味の、好き、だ」

 絞るような声でも、確かに思いを伝える。
 侑希の表情が、怪訝そうな、それでいて怯えるような、複雑な感情が見て取れるものへと変わった。

 沈黙が長く続く。侑希は体を強張らせたまま動かない。

 ――そうだよな。これが当たり前の反応だ。

 力が抜ける。侑希の手首から手を下ろし、自分の膝に戻した。

 受け入れてもらえないのはわかっていた。玉砕するのもわかっていた。それでも、なにも言えないまま終わりたくなかったのだ。

 ――俺は告白を後悔しない。

 けれど侑希を怖がらせたかったわけじゃない。

「……びっくりさせてごめんな」

 小さく言って、通学バッグを掴んで立ち上がる。もうここにはいられない。

「っ待てよ!」

 ドアノブに手をかけた皓斗を侑希が呼び止めた。

「待って……今、帰られたら……駄目になる気がする」

 侑希は消え入りそうな声でつぶやきながら皓斗の肘を掴むと、座っていた場所に戻るように促した。
 けれど皓斗はドアノブに手をかけ、侑希に背を向けたままで動けないでいる。

「帰っても帰らなくても、駄目になるもんは駄目になるだろ。壊れるのは承知で告白したんだ。このまま一緒に居続けられるなんて思ってない」
「皓斗! ……聞いて? 俺、俺は皓斗に好かれてる自信はあったけど、そんなふうに思われてるのは全然わからなかった。だから、ごめん。そんな対象で、皓斗を、見たこと、ない……」

 侑希がゆっくりと言葉を紡いで、ひと言ひと言を選びながら話しているのがわかり、ドアノブから手を下ろした。

「だから、そんなふうに言ってもらえても、どうしていいかはわかんないけど……けど、友達でなくなるのは嫌だ……あっ、皓斗は俺と、友達でいたいわけじゃないのかもしれないけど……えっと。なんだっけ。表現が難しいな……」

 皓斗の肘を掴んだままの侑希の手に、湿り気が帯びる。皓斗のために汗をかいてまで必死になってくれる侑希が愛おしくて、強張った気持ちが少しだけ緩んだ。

「俺のこと、気持ち悪くない……?」

 顔は向けられないが、侑希の優しさに甘えて問いかける。すると、侑希に身体を回転させられた。

「ないよ、気持ち悪くない! むしろ、ありがとう!」

 向き合って意気込むように言った侑希の顔は、真っ赤だ。
 情けないが、こう必死になってくれると、また泣いてしまいそうになる。

「嬉しいよ。凄く特別に思ってくれてるってことだよね? 俺も言ったじゃん。皓斗は特別だって。あの、意味は皓斗のとはちょっと違うけど……だから大丈夫! 気持ち悪いなんて絶対にないから」
「……うん」
「それでもいい? 皓斗が望む形にはなれないかもしれないけど、これからも一緒にいよう?」
「……うん……一緒にいたい」

 やはり涙をにじませてしまう皓斗。それを見た侑希は慈愛の表情で微笑み、皓斗の髪をワシャワシャしてくれる。

 ――もう、この流れ、お決まりだな。俺、侑希の犬確定だ。

 きっとこの先ずっと、侑希に振り向いてほしくて構ってほしくて周りをチョロチョロして、気を引くために必死になるだろう。このご主人様は甘くないから、それはそれは必死になって。
 そんな自分を想像しておかしいやら、でも嬉しいような、なんだかハイな気分になってきた。
 告白後で情緒がおかしくなっているのかもしれない。

 ――うん、もう侑希の犬でいいや。それなら……。

「なあ、ご主人様。一回だけおねだり聞いてくれない?」

 厚かましく聞いてみる。

「ご主人様? おねだり? なに、それ」

 ワシャワシャやる手を止めて、侑希は眉をひそめた。

「抱きしめさせて。ワン」
「ワン!? 犬かよ!  駄目、駄目に決まってるだろ。犬は人に抱きしめられても、人を抱きしめないんだぞ」
「するする。する犬も多分いるって。大丈夫だワン」
「いるか! ワンとか言って、全然可愛くないし、駄目だから……あっ!」

 待てが聞かない皓斗犬は、返事を待たずにご主人様を引き寄せた。外で会ったときとのそれとは違う、たっぷりと愛情を押し付ける抱きしめ方で。

 ――ほっせー腰。折れるほど強く抱きしめたい。
 ――ほっぺツルツル。頬ずりしたい。
 ――耳たぶ、ピンク色。可愛いな、鼻先でなら触れていい?

 皓斗が思いを叶えるたび、侑希の体が小刻みに震える。けれど怯えている様子はなく、皓斗がほしかった反応だと感じて、思わず口元が緩む。

「……うん、満足」

 本当はまだ離れがたいけれど、今日はここまでだ。これ以上やるとさすがに逃げられてしまうだろうから、侑希をベッドに座らせて解放してやった。

 侑希は顔を真っ赤にして、金魚みたいに口をパクパクさせている。それがあまりにも可愛くて、あとひとつだけ、と皓斗は欲が出た。

「じゃあまたな」  

 唇で耳に触れる。
 鼓膜に響くように直接囁く。

 少しでも、自分のことを意識してくれるといい。

「はー、やっちゃった……」

 動揺して動けない侑希を置いて、余裕ぶって出てきたけれど、心臓はバクバク。足はガクガク。手だって震えている。

 自分は今、どんな顔をしているのだろう。笑いと照れを堪えた、ひどい極悪面だろうか。これは人に見られたくない。さっさと帰ろう。

 ――それにしても、劇的な一日だった……。