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「落ち着いた?」

 公衆の面前で皓斗に抱きつかれ、同じ学校の生徒何人かには見られたと思うのに、侑希はそれを咎めることをせず、皓斗を自宅に誘ってくれた。
 家の人の許可なく突然に訪問することに気が引けたが、侑希は皓斗の話を家族にしていて、いつ招いてもいいと言われていると教えてくれる。

 ――侑希、俺の話を家でしてるんだ。

 侑希のテリトリーに自分の存在があるのが嬉しい。  

「おお……泣いたのとか、久しぶりだわ。ホントごめん。ちょっと……だいぶ目立っちゃったな」
「ん……。まあ、いいよ。俺も久しぶりで、皓斗に会えて嬉しかったしさ」  

 空気をくすぐるようにクスッと微笑まれ、「会えて嬉しい」なんて言われると、胸がきゅ、と絞られる。

「で、あんなところで抱きついてきて、泣き出すほどの青春の葛藤ってなに? 受けるんだけど」
「それは……」

 言えるわけがない。
 皓斗が自覚したこの思いを。言葉にしてはいけないこの思いを。

 ――俺は、侑希に恋をしている。

 そうだ。本当はとっくに気づいていた。夏休み前のあの中庭が、決定打だった。けれど認めるのが怖くて、考えないように蓋をしてきた。

 ――侑希が好きだ。

 多分、初めて会った日からもう始まっていた。

 背に委ねられた重み。無意識に触れた肌のなめらかさ。薄桃色の唇の柔らかさ。

 触れたどれもが侑希の熱を伝え、皓斗の心と体に染み込んで、皓斗の一部になった。だから半身を追うかのように、もっと侑希に触れたいと、侑希を知りたいと願った。

 こんな考え方、誰かに話せばファンタジーだと笑われるだろう。けれど皓斗はそう確信する。
 そして実際に日々を重ねて心で触れ合うたび、繊細だけれど(いさぎよ)かったり、潔いけれども思慮深くて臆病な部分もある侑希を知り惹かれていった。

 好きだ。侑希という人間が好きだ。
 もっともっと近づきたい。
 もっともっと深くまで、侑希の内部に入り込みたい。

 ――なんて、言えるわけない。

 皓斗は侑希から目線を外して、「ナイショ」とおどけた。

「ナイショ? なに、それ。あれだけ泣いといて」
「それより侑希だよ。病院て……休んでたのは体調が悪かったからだろ? 大丈夫なのか?」

 追及すべきは、言えない自分の思いじゃない。皓斗にとっては侑希のことの方が大切だ。

「ああ、まあ。ちょっと熱が続いてて。テスト頑張りすぎたかな? ちょうど夏休み中に検査入院の予定があったから、もうこのまま入院しなさいって言われてさ。バタバタしてて連絡のタイミングを失くしたから、まとめて退院後に連絡しようって思って、返事しなくてごめんな」

 なんでもないことのように、侑希はからっと笑う。けれど皓斗はずっと気になっていた。

「調子崩したのって、テスト明けの日なんじゃないのか? あの日連絡くれたのって、俺に助けを求めてたんだよな? それなのに俺、行けないで。っごめん。役立たずだ」

 クラスのイベントを優先して、なにもできなかった自分が許せない。いつだって自分が一番に侑希の助けになりたいのに。

「そうやって気にすると思ったから入院中に連絡しなかったのもあるんだよ。病院に乗り込んで謝ってきそうだもん、皓斗」
「ぅ……」

 確かに。他の友人ではしないが、連絡があればそうしていただろうと口ごもる。
 侑希はクスっと笑いを漏らして続けた。

「確かにあの日、皓斗に頼ろうと思ったのはホントだけど、駄目もとだったし、結局保健室の先生が送ってくれたんだ。だから今、俺、元気だろ?」
「……無理してない? 本当に元気になったのか?」
「うわ、疑い深。じゃあ教えてあげよう。俺さ、三か月に一度の定期検診に行ってたんだけど、これからしばらくは、半年に一度の検診になったんだ」

 侑希が右手で「V」の形を作る。あふれんばかりの笑顔に力が抜けて、皓斗はカーペットに倒れて背中を預けた。

「よかったぁ。……でもさ、やっぱりテスト明けの日は俺がそばに居たかった。ごめん、ほんとに……」

 後悔は消えず、クロスして重ねた手で顔を隠した。

「はは。謝る必要はまったくないけど、そう思ってくれてありがと。また次、頼るね」

 言いながら、侑希は皓斗の髪に触れ、犬を構うようにワシャワシャとかき混ぜて遊ぶ。
 同時に、柔らかい香りがふわっと漂った。

 ――ああ、これ、やっぱり侑希の匂いだ。

 柔軟剤に侑希の肌の匂いが混じっているのだろう。
 胸に甘い痛みを感じさせる香りと、髪をなぞる細い指の扇情的な感触に、どうしようもなく気持ちが溢れてしまいそうになる。

 ――好きだ。たまらなく侑希が好きだ。

 気づいたら、皓斗は侑希の左手首を強く掴んでいた。けれど侑希は痛がらず、瞳をきょとんとさせて、皓斗の目を覗き込む。

「ん? 怒った?」  
「いや……侑希さ、腕、触られてなんともないの? 今、結構力も入れてるんだけど」
「ああ、うん。皓斗に慣れたのもあるし、最近気がついたんだけど、敏感な部分とそうでもない部分があるみたい。さすがにさっきのハグはビリッときたけどね」

 にしゃっと笑って、歯を見せて笑う侑希。 出会った頃のツンツンとした表情とはずいぶんな違いだ。

「じゃあ……こっちも大丈夫?」

 寝そべったままだった体を起こして、右の手首も掴んだ。

「大丈夫だけど、なに、この格好。俺、プロレスはやんないよ?」

 無防備に見つめてくる侑希を直視できず、顔を下に向ける。
 侑希は皓斗の気持ちを知らないから、こんなに無防備でいられるのだ。

 ――絶対に言えない。言っちゃ駄目だ。

 頭で警笛が鳴る。隠せ隠せと鳴り響く。それなのに、駄目だ。
 一度自覚した気持ちはどんどん膨れ上がり、抑えきれずに爆発してしまいそう。

 もう、隠していられない。
 この先侑希といれば、いつか侑希は皓斗の不自然さに気づくだろう。

 ――そのときどう思われる? 気持ち悪いと避けられてしまったら? 友達でさえいられなくなってしまったら?

 嫌だ。なにも言えないまま関係が壊れてしまうぐらいなら、今きちんと伝えたい。

「……好きだ……」