***
あの日以降、侑希は体調を崩したのか、学校にもきていなかった。
連絡はまったく取れていない。皓斗は侑希との連絡手段がスマホひとつしかないことに気づいて、途方に暮れた。
一度家に招いてもらったとはいえ、侑希の家族に会って挨拶をしたわけでもないから突然の訪問は気が引ける。
学校では面識がないふりを続けていて、教師相手でも侑希の私情を聞くのはルール違反な気がしてできなかった。
――俺たちは「特別な友達」? どうしてるのかさえ聞けない、知らないなんて、「友達以下」だ……侑希、今どうしてる?
そうやって気落ちしたまま侑希のいない日々をやり過ごし、クラスメイトからの寄り道の誘いを断ったある日のひとりの帰り道。
最寄り駅の付近で声をかけられた。
「望月くん! 待ってたんだよ」
カラオケルームで皓斗の右側に座った女子だった。
「ね、望月くん。もう私の気持ち、わかってるよね。付き合おうよ」
しばらく愛想笑いで会話し、どう帰ろうかと考えていると、彼女がそう言いながら腕を絡ませてきた。
彼女は皓斗の好みをよくわかっている。髪型・化粧・スカートの丈。けれどもう、微塵も惹かれない。
「俺、本気になれるかわかんないから」
「それいつも言ってるじゃん。知ってるよ。それで、付き合ってみて駄目なら終わり、でしょ」
人から言われて、あぁ、本当に俺は薄っぺらい、と軽いめまいを起こしそうになる。
そのとおりだった。皓斗はいつもそうやってお気軽に付き合いを始めていた。本気の相手に出会うには、それが手っ取り早くて簡単だと思っていたから。
「もうそういうの、やめるから。帰る。じゃな」
絡みつく彼女の腕をほどき、背を向けた。
「えー、待ってよぉ」
彼女は再び皓斗の肘を掴み、背中に身体を押し付けてくる。
ぞわ、と不快感が生じた。
これは侑希が家に遊びに来た日と同じ状況だ。それなのに今感じるのは、高揚感ではなく不快感のみだ。
「気持ち悪いっ……!」
反射的に体を振り、女子の肩を手のひらで突っぱねた。
「えっ? ちょっと、なに?」
唖然とする女子を残し、駅の構内へひた走る。不快感が残る肘をぎゅっと握りながら改札を抜けて階段を駆け上がり、ホームに下りた。
次の電車までは十分ほどだが、体の芯がイライラして落ち着かない。
皓斗は歩いて気を紛らわせようと、ホームの端を目指して歩き始めた、そのときだ。
ポケットの中のスマートフォンが振動して、取り出して画面を確認すると、侑希からの着信だった。
「! ゆ、侑希?」
「いまさ……て……皓斗……いか……思って」
タイミング悪く、反対車線に特急列車の通過があって、侑希の声がはっきりと聞こえない。
「え? なに? 途切れて聞こえないんだけど」
二週間以上ぶりの、聞きたかった澄んだ声を聞き漏らしたくない。皓斗はスマートフォンをぎゅっと耳に押し当てた。
『ひろと!』
すると、スマートフォンと、すぐ近くからも二重音声で侑希の声がした。顔を上げて、急いでその声がした方向を振り返る。
「やっぱり皓斗!」
探すまでもなく、すぐに笑顔満面の侑希が視界に飛び込んできて、スマートフォンを落としそうになった。
「侑……希……」
信じられない。侑希が目の前にいる。
「今、病院からの帰りなんだけど、向こうのホームから皓斗が見えたんだよね。下校時間だったから会えるかな、とは思ったけど、本当に会える……ぅ、わっ」
侑希が言い終わらないうちに、細い肩に腕を回して強く抱き寄せた。侑希の体が一瞬硬くなってのけ反ったのにも構えないほどに、夢中で。
「……皓斗? どうした? びっくりするんだけど」
侑希は戸惑った声を出すが、「痛い」とは言わない。皓斗を振り払わない。
――拒否、されない。
ホッとして、皓斗は侑希の肩に顔を埋めた。
柔軟剤だろうか。さっきの女子と同じ香りが漂ったが、少しも不快に感じない。これは、「侑希の香りだ」と思った。
鼻を押し付け、「侑希の匂い」を胸いっぱいに嗅ぐ。行きたかった場所に辿り着いたような安心感に包まれて、思いもよらずに目頭がじん、と熱くなる。
「ちょ……皓斗泣いてる? どうして? え~?」
気づいた侑希はあやすように、皓斗の背中をぽんぽん、としてくれた。
まるで小さな子供のような皓斗は、鼻をグズグズ鳴らして返事をするのもやっとだ。それでもやはり、とても安心した気持ちになっている。
ずっと、ここを探していた。そんなふうに。
「ズビ……青春の葛藤やってたんだよ。ズズッ……ずっと悩んでたから、グズッ……侑希に会ったら泣けてきた……」
「はあ? なにそれ。ていうか皓斗、相変わらず距離感バグってるな」
しがみついて離れようとしない皓斗に、クスっと笑う侑希。その体はもう硬さをなくして、皓斗をしっかりと受け止めてくれていた。
背中に当ててくれる手から優しさが伝わってくる。
――俺がずっと欲しかったのはこの手だ。お願いだ。あと少しだけこのままでいさせてよ。
皓斗は涙が止まるまで、しばらく侑希を抱きしめていた。
あの日以降、侑希は体調を崩したのか、学校にもきていなかった。
連絡はまったく取れていない。皓斗は侑希との連絡手段がスマホひとつしかないことに気づいて、途方に暮れた。
一度家に招いてもらったとはいえ、侑希の家族に会って挨拶をしたわけでもないから突然の訪問は気が引ける。
学校では面識がないふりを続けていて、教師相手でも侑希の私情を聞くのはルール違反な気がしてできなかった。
――俺たちは「特別な友達」? どうしてるのかさえ聞けない、知らないなんて、「友達以下」だ……侑希、今どうしてる?
そうやって気落ちしたまま侑希のいない日々をやり過ごし、クラスメイトからの寄り道の誘いを断ったある日のひとりの帰り道。
最寄り駅の付近で声をかけられた。
「望月くん! 待ってたんだよ」
カラオケルームで皓斗の右側に座った女子だった。
「ね、望月くん。もう私の気持ち、わかってるよね。付き合おうよ」
しばらく愛想笑いで会話し、どう帰ろうかと考えていると、彼女がそう言いながら腕を絡ませてきた。
彼女は皓斗の好みをよくわかっている。髪型・化粧・スカートの丈。けれどもう、微塵も惹かれない。
「俺、本気になれるかわかんないから」
「それいつも言ってるじゃん。知ってるよ。それで、付き合ってみて駄目なら終わり、でしょ」
人から言われて、あぁ、本当に俺は薄っぺらい、と軽いめまいを起こしそうになる。
そのとおりだった。皓斗はいつもそうやってお気軽に付き合いを始めていた。本気の相手に出会うには、それが手っ取り早くて簡単だと思っていたから。
「もうそういうの、やめるから。帰る。じゃな」
絡みつく彼女の腕をほどき、背を向けた。
「えー、待ってよぉ」
彼女は再び皓斗の肘を掴み、背中に身体を押し付けてくる。
ぞわ、と不快感が生じた。
これは侑希が家に遊びに来た日と同じ状況だ。それなのに今感じるのは、高揚感ではなく不快感のみだ。
「気持ち悪いっ……!」
反射的に体を振り、女子の肩を手のひらで突っぱねた。
「えっ? ちょっと、なに?」
唖然とする女子を残し、駅の構内へひた走る。不快感が残る肘をぎゅっと握りながら改札を抜けて階段を駆け上がり、ホームに下りた。
次の電車までは十分ほどだが、体の芯がイライラして落ち着かない。
皓斗は歩いて気を紛らわせようと、ホームの端を目指して歩き始めた、そのときだ。
ポケットの中のスマートフォンが振動して、取り出して画面を確認すると、侑希からの着信だった。
「! ゆ、侑希?」
「いまさ……て……皓斗……いか……思って」
タイミング悪く、反対車線に特急列車の通過があって、侑希の声がはっきりと聞こえない。
「え? なに? 途切れて聞こえないんだけど」
二週間以上ぶりの、聞きたかった澄んだ声を聞き漏らしたくない。皓斗はスマートフォンをぎゅっと耳に押し当てた。
『ひろと!』
すると、スマートフォンと、すぐ近くからも二重音声で侑希の声がした。顔を上げて、急いでその声がした方向を振り返る。
「やっぱり皓斗!」
探すまでもなく、すぐに笑顔満面の侑希が視界に飛び込んできて、スマートフォンを落としそうになった。
「侑……希……」
信じられない。侑希が目の前にいる。
「今、病院からの帰りなんだけど、向こうのホームから皓斗が見えたんだよね。下校時間だったから会えるかな、とは思ったけど、本当に会える……ぅ、わっ」
侑希が言い終わらないうちに、細い肩に腕を回して強く抱き寄せた。侑希の体が一瞬硬くなってのけ反ったのにも構えないほどに、夢中で。
「……皓斗? どうした? びっくりするんだけど」
侑希は戸惑った声を出すが、「痛い」とは言わない。皓斗を振り払わない。
――拒否、されない。
ホッとして、皓斗は侑希の肩に顔を埋めた。
柔軟剤だろうか。さっきの女子と同じ香りが漂ったが、少しも不快に感じない。これは、「侑希の香りだ」と思った。
鼻を押し付け、「侑希の匂い」を胸いっぱいに嗅ぐ。行きたかった場所に辿り着いたような安心感に包まれて、思いもよらずに目頭がじん、と熱くなる。
「ちょ……皓斗泣いてる? どうして? え~?」
気づいた侑希はあやすように、皓斗の背中をぽんぽん、としてくれた。
まるで小さな子供のような皓斗は、鼻をグズグズ鳴らして返事をするのもやっとだ。それでもやはり、とても安心した気持ちになっている。
ずっと、ここを探していた。そんなふうに。
「ズビ……青春の葛藤やってたんだよ。ズズッ……ずっと悩んでたから、グズッ……侑希に会ったら泣けてきた……」
「はあ? なにそれ。ていうか皓斗、相変わらず距離感バグってるな」
しがみついて離れようとしない皓斗に、クスっと笑う侑希。その体はもう硬さをなくして、皓斗をしっかりと受け止めてくれていた。
背中に当ててくれる手から優しさが伝わってくる。
――俺がずっと欲しかったのはこの手だ。お願いだ。あと少しだけこのままでいさせてよ。
皓斗は涙が止まるまで、しばらく侑希を抱きしめていた。