***
中庭から逃げた翌々日から期末テストに入り、七日間の過程を終えた皓斗は、クラス恒例の「テスト打ち上げカラオケ」に参加することになっていた。
正直言うと、気が進まなかった。わずかな時間でも侑希に会いに行きたい気持ちが大きい。
だってあの日から、侑希とのスマホメッセージが途絶えているのだ。
もともと侑希からのメッセージはほぼないことに加え、テスト期間が重なった。さらにはたびたび覚える侑希への不可解な劣情に気持ちの整理がつかず、皓斗から連絡を入れることができなかった。
侑希はどうしているだろう。皓斗がメッセージもしないし中庭にも行かないのをおかしく思っていないだろうか。メッセージを入れてみようか。
クラスメイトたちとカラオケ店に向かいながら、スマートフォンの画面を見て思案していると、着信の知らせがあった。
ポップアップ通知で侑希の名前と、『今日これから会えない?』とメッセージが表示される。
中身を確認するまでもなく、ウダウダと考えていたことが一気に吹き飛んだ。
今すぐにでも駆けて行きたい。
「なあ、今日、抜けていい?」
瞬間で、幹事役の背に投げかけていた。
「……はあ? 最近皓斗、ノリ悪くねぇ?」
けれど、思っていたよりも苛ついた幹事役の口調に、盛り上がっていたクラスメイトたちの会話も、皓斗の表情も固まる。
「――大丈夫、大丈夫、連れて行くって。行こうぜ、皓斗」
その微妙な空気を和らげたのは野田だ。野田は皓斗の肩に手を置いて幹事に言うと、続けて「タイミング見て帰らせてやるから、とりあえず参加しとけ。今後もあるし、定期の集まりには行っといた方がいい」と、皓斗にだけ聞こえる声で小さく呟く。
皓斗は後ろ髪を引かれながらも野田に従って頷き、スマートフォンを操作した。
『ごめん、今日はクラス恒例の打ち上げで会えない。明日は?』
侑希に返信をする。するとすぐに『了解。また連絡する』と返ってきた。
ここまで早い返信は珍しい。待っていてくれたのだろうかと申しわけなくも切なくなり、続けて『ゴメン』のマークのスタンプを送ってみるも、もう既読はつかなかった。
「なぁ、今の……今後もあるし、ってなに?」
また後で連絡を入れようと、スマートフォンをスラックスの後ろポケットに突っ込みながら、皓斗は野田にこっそり話しかける。
「遠野案件だよ」
「……遠野・案件?」
一瞬思考が止まる。どうして野田から、しかも今この流れで侑希の名前が出るのだろう。
「皓斗が友人付き合いに真摯になるのは見ていて喜ばしい。ただ今までの流れを急に変えるのは得策じゃない。これからは今までより遠野くんといることが増えるだろ? 皓斗は目立つから、学年が違う共通点のない二人の組み合わせは変に噂になることもある。そうなったら遠野くんが迷惑をこうむることだってある。だから今までの付き合いもある程度はやっとけ、って話」
野田はいつものように眼鏡を上げて、達観した表情を向けてくる。
けれど皓斗には意味がわからない。学年が違う友人ができたからといって誰が気にするというのか。変な噂とはどんな噂だ。
だが迷惑といえば、侑希の、目立ちたくないという思いを考慮しろということだろうか。
――ていうか、どうして俺が侑希と過ごす時間を増やしたいと思ってるのがばれてんだ? 俺、野田にそこまで話したっけ?
その問いかけはできないままカラオケ店のルームに入ると、すぐに女子グループに腕を引っ張られて、間に座らせられた。
右側に座った女子は、あからさまに身体を押し付けてくる。
あぁ、この子、俺に気があるんだな、なんて、こんなことには勘が働いた。
左側の女子は協力者、今日の幹事もグルだ。だから今日はなにがなんでも皓斗を参加させたかったのだ。
幹事役が何人かを先導して、皓斗と女子を囃す。今までの皓斗ならノリで付き合ったかもしれない。
『恋愛なんて だいたい好みのタイプなら付き合ってみて、フィーリングが合えばそれでいいんじゃないの? 合わなかったら「はい次」へ』
皓斗は今まで本当にそう思っていた。
――思って、た。
過去形にしている自分に気づく。
これまでイージーモードだ、チートだなんて揶揄されるくらいうまくやってきたし、周りもそんな皓斗を囲んで、まるで恋愛攻略ゲームに参加するかのように楽しんでいた。
――俺って薄っぺらいな。
自分は人に好かれやすいけど、本気になれる相手はいない、なんて驕って。
周りだって「望月皓斗」をちゃんと見てなんかいない。
――ここにいる全員、俺の上辺しか知らないんじゃん。
つまらない思いでふと目線を上げると、片側の口角を上げて笑う野田と目が合った。
まるで、皓斗の思考を読んだような達観した表情だ。
「望月くん、これ一緒に歌おうよ」
「わ」
なんだよ、わかったような顔しやがって、と心で野田に話しかけていると、右側にいた女子が腕に手を絡めてくる。
咄嗟に気持ち悪い、と感じた。誰かに触れることを気持ち悪いと感じるのは初めてだ。
皓斗には侑希の「接触恐怖症」の辛さはわからないが、これ以上に不快なのだろうかと想像して、胸が重苦しくなった。
「皓斗、ドリンクバー付き合って」
そんな皓斗の腕を引いたのは涼介だ。皓斗も取り囲むクラスメイトも、突然伸びてきた手にポカンとなるが、涼介は皓斗を室外に連れ出した。
ひょっとして助けてくれたのだろうか。
涼介はなにも言わないが、言葉通りにドリンクバーに行き、その場で他愛もない話をしばらくした。
また、そうしていると野田が三人分の荷物をかかえて出てきて、皆にはうまく伝えたからと、カラオケルームに戻らずに帰宅することができた。
――野田と涼介は、もしかしたら俺のことをちゃんと見ていて、わかってくれているのかも。
鼻の奥がじん、と熱くなる。「友達」という言葉を頭に浮かべながら、ふたりと別れてからすぐにスマートフォンをポケットから取り出した。
急いで侑希に電話をかける。けれど電話は繋がらない。
メッセージを数回送ってみても、その日から二週間が過ぎても、既読は付かないままだった。
中庭から逃げた翌々日から期末テストに入り、七日間の過程を終えた皓斗は、クラス恒例の「テスト打ち上げカラオケ」に参加することになっていた。
正直言うと、気が進まなかった。わずかな時間でも侑希に会いに行きたい気持ちが大きい。
だってあの日から、侑希とのスマホメッセージが途絶えているのだ。
もともと侑希からのメッセージはほぼないことに加え、テスト期間が重なった。さらにはたびたび覚える侑希への不可解な劣情に気持ちの整理がつかず、皓斗から連絡を入れることができなかった。
侑希はどうしているだろう。皓斗がメッセージもしないし中庭にも行かないのをおかしく思っていないだろうか。メッセージを入れてみようか。
クラスメイトたちとカラオケ店に向かいながら、スマートフォンの画面を見て思案していると、着信の知らせがあった。
ポップアップ通知で侑希の名前と、『今日これから会えない?』とメッセージが表示される。
中身を確認するまでもなく、ウダウダと考えていたことが一気に吹き飛んだ。
今すぐにでも駆けて行きたい。
「なあ、今日、抜けていい?」
瞬間で、幹事役の背に投げかけていた。
「……はあ? 最近皓斗、ノリ悪くねぇ?」
けれど、思っていたよりも苛ついた幹事役の口調に、盛り上がっていたクラスメイトたちの会話も、皓斗の表情も固まる。
「――大丈夫、大丈夫、連れて行くって。行こうぜ、皓斗」
その微妙な空気を和らげたのは野田だ。野田は皓斗の肩に手を置いて幹事に言うと、続けて「タイミング見て帰らせてやるから、とりあえず参加しとけ。今後もあるし、定期の集まりには行っといた方がいい」と、皓斗にだけ聞こえる声で小さく呟く。
皓斗は後ろ髪を引かれながらも野田に従って頷き、スマートフォンを操作した。
『ごめん、今日はクラス恒例の打ち上げで会えない。明日は?』
侑希に返信をする。するとすぐに『了解。また連絡する』と返ってきた。
ここまで早い返信は珍しい。待っていてくれたのだろうかと申しわけなくも切なくなり、続けて『ゴメン』のマークのスタンプを送ってみるも、もう既読はつかなかった。
「なぁ、今の……今後もあるし、ってなに?」
また後で連絡を入れようと、スマートフォンをスラックスの後ろポケットに突っ込みながら、皓斗は野田にこっそり話しかける。
「遠野案件だよ」
「……遠野・案件?」
一瞬思考が止まる。どうして野田から、しかも今この流れで侑希の名前が出るのだろう。
「皓斗が友人付き合いに真摯になるのは見ていて喜ばしい。ただ今までの流れを急に変えるのは得策じゃない。これからは今までより遠野くんといることが増えるだろ? 皓斗は目立つから、学年が違う共通点のない二人の組み合わせは変に噂になることもある。そうなったら遠野くんが迷惑をこうむることだってある。だから今までの付き合いもある程度はやっとけ、って話」
野田はいつものように眼鏡を上げて、達観した表情を向けてくる。
けれど皓斗には意味がわからない。学年が違う友人ができたからといって誰が気にするというのか。変な噂とはどんな噂だ。
だが迷惑といえば、侑希の、目立ちたくないという思いを考慮しろということだろうか。
――ていうか、どうして俺が侑希と過ごす時間を増やしたいと思ってるのがばれてんだ? 俺、野田にそこまで話したっけ?
その問いかけはできないままカラオケ店のルームに入ると、すぐに女子グループに腕を引っ張られて、間に座らせられた。
右側に座った女子は、あからさまに身体を押し付けてくる。
あぁ、この子、俺に気があるんだな、なんて、こんなことには勘が働いた。
左側の女子は協力者、今日の幹事もグルだ。だから今日はなにがなんでも皓斗を参加させたかったのだ。
幹事役が何人かを先導して、皓斗と女子を囃す。今までの皓斗ならノリで付き合ったかもしれない。
『恋愛なんて だいたい好みのタイプなら付き合ってみて、フィーリングが合えばそれでいいんじゃないの? 合わなかったら「はい次」へ』
皓斗は今まで本当にそう思っていた。
――思って、た。
過去形にしている自分に気づく。
これまでイージーモードだ、チートだなんて揶揄されるくらいうまくやってきたし、周りもそんな皓斗を囲んで、まるで恋愛攻略ゲームに参加するかのように楽しんでいた。
――俺って薄っぺらいな。
自分は人に好かれやすいけど、本気になれる相手はいない、なんて驕って。
周りだって「望月皓斗」をちゃんと見てなんかいない。
――ここにいる全員、俺の上辺しか知らないんじゃん。
つまらない思いでふと目線を上げると、片側の口角を上げて笑う野田と目が合った。
まるで、皓斗の思考を読んだような達観した表情だ。
「望月くん、これ一緒に歌おうよ」
「わ」
なんだよ、わかったような顔しやがって、と心で野田に話しかけていると、右側にいた女子が腕に手を絡めてくる。
咄嗟に気持ち悪い、と感じた。誰かに触れることを気持ち悪いと感じるのは初めてだ。
皓斗には侑希の「接触恐怖症」の辛さはわからないが、これ以上に不快なのだろうかと想像して、胸が重苦しくなった。
「皓斗、ドリンクバー付き合って」
そんな皓斗の腕を引いたのは涼介だ。皓斗も取り囲むクラスメイトも、突然伸びてきた手にポカンとなるが、涼介は皓斗を室外に連れ出した。
ひょっとして助けてくれたのだろうか。
涼介はなにも言わないが、言葉通りにドリンクバーに行き、その場で他愛もない話をしばらくした。
また、そうしていると野田が三人分の荷物をかかえて出てきて、皆にはうまく伝えたからと、カラオケルームに戻らずに帰宅することができた。
――野田と涼介は、もしかしたら俺のことをちゃんと見ていて、わかってくれているのかも。
鼻の奥がじん、と熱くなる。「友達」という言葉を頭に浮かべながら、ふたりと別れてからすぐにスマートフォンをポケットから取り出した。
急いで侑希に電話をかける。けれど電話は繋がらない。
メッセージを数回送ってみても、その日から二週間が過ぎても、既読は付かないままだった。