翌朝目覚めて、皓斗は速攻で頭をかかえることになった。
昨夜はほとんど眠れていないと思っていたが、目覚める直前まで見ていたのは、侑希を腕の中に閉じ込める夢だ。
それも、頬を染めて微笑む侑希の額にキスをしようとして、そこで目が醒めた。
「……ぅああああぁぁぁぁ」
夢とはいえ、親友に昇格してもらえそうな大切な友人にそんなことをするなんて、罪悪感に苛まれる。心だけじゃなく、通学路を歩く身体も重い。
願わくば今日は誰とも話さずにひとりで登校したい。
そう思っていても、改札から出れば道路は同じ高校の生徒で溢れていて、すぐにクラスメイトたちに絡まれる。
「よ、皓斗。……なんだ? 人を殺しそうな顔してどうした」
「あぁ?」
「こえー、欲求不満じゃねぇの」
反対側から別のクラスメイトが顔を覗かせ、肩を組んできたのをすぐさま睨んだ。
「まじで。だって彼女いないの、もう一か月以上じゃね? 皓斗がこんなに開くの、珍しいもんな」
この会話。皓斗を知らない人が聞いたらどんな軽薄な人間なんだと誰もが疑うだろう。
けれどそうだ。前の彼女と別れてから、手を繋ぎ合うなんていうささやかな触れ合いもご無沙汰だ。
だから人肌恋しくなって、同じ男とはいえ綺麗な顔の侑希で、欲求を埋めるというバグを起こしてしまったのだろう。
――侑希も俺のことを『距離感バグってる』って言ってた。そうだ、これはバグだ!
友人でおかしな夢を見た都合の悪い事実は、無理矢理に理由を付けて閉じ込める。
急に気持ちが軽くなった皓斗は、校門を抜けた途端に走り出した。
「皓斗、どこ行くんだ? 教室行かねーの?」
「ちょっと散歩」
なんだそりゃ、と言う声を背に、昇降口を通り過ぎて中庭に向かう。
この時間に中庭から東校舎を見上げると、二階中央あたりの廊下側の窓に、侑希が寄り掛かっているのが見えるのだ。
侑希は混んだ電車を避けるため早目に登校し、教室に生徒が集まり出したらひっそりと廊下に出て存在を消す徹底ぶりだ。いつもワイヤレスイヤホンをつけて音楽を聞き、自分だけの世界にいる。それでときどき階下を見る。侑希もまた、この時間に皓斗が中庭に来ることを知っているから。
そうして皓斗を見つけると、表情を変えずにアイコンタクトだけで朝の挨拶を交わす。
手を振るでも声をかけ合うでもなく、誰にも気づかれないようただ視線を合わすだけの、ふたりだけの特別な時間。
けれど今日は、侑希は皓斗を見てクスクスと笑い出した。
周囲に人がいないのを確認してから、ジェスチャーで「髪がはねてる」と言うと、花が綻ぶような笑顔を見せる。
その瞬間、皓斗は体にぶわっと煽り風を受けたような感覚を受けた。
肌が粟立つのがわかる。
背がゾクゾクとして、体内が熱く沸き立つ。
頭の中は視線の先の屈託ない笑顔と、夢で見た侑希の微笑みが重なって、忙しく巡り巡って暴れ始めていた。
――パンク、しそう。
侑希への罪悪感と、自分に起こっている現象の違和感にいたたまれなくなった皓斗は、「またな」の視線も送らず早足で中庭を抜ける。
皓斗はその場から、いや、侑希から逃げたのだった。