映画の後は昼食を摂り、侑希が遅れている分の勉強を見てやる約束をしていた。
 全般を器用にこなす皓斗は、トップグループではないが通塾なしで成績がよく、志望校は最難関私大だ。侑希も皓斗の教え方はわかりやすいと笑顔を見せてくれた。

「まあ、俺も野田に教えてもらったやり方でやってるんだけどね。野田ってさ、学年一位なんだよ。頭の良さが桁はずれでさ。テストクリアの要領も教えてもらってるから、ノウハウを伝授しますよ」
「あはは。よろしくお願いします。……なに?」
「いや。別に」

 笑顔がきらきらとして可愛くて、つい見惚れてしまっていたとは言えない。小さく咳払いをして、皓斗は次の問題をペンで指して勉強を進めた。
 そして気がつけば夕方。そろそろ家族が戻ってくる時間だ。

「おにーちゃーん!」

 大当たりだ。玄関の解錠の音と妹の美咲の声、階段を駆け上がって部屋に向かってくる騒々しい足音が順に聞こえ、ノックもなしに部屋の扉が開く。

「美咲、お客さんがきてるのに失礼だろ。ノックくらいしろっていっつも………」
「うそぉ! 超カッコイイ!」

 皓斗の言葉など聞かずに、美咲は侑希の前に座り込んで黄色い声を上げた。

「まぁ、ほんと! 韓流アイドルみたいな美人さん!」

 開け放たれたままのドアから、目を輝かせて顔を覗かせているのは韓流アイドル好きの母親。父親も、その顔の上から頷いている。望月家夫婦トーテムポールだ。

「え……あの。初めまして。お邪魔してます。遠野侑希です」

 望月家の賑やかな家族たちに見つめられた侑希は、戸惑った表情をしつつも立ち上がり、一礼した。

「やだあああぁぁ、声もかわいい~」

 美咲と母親の声が揃う。ふたりとも、本当にアイドルを前にしたときみたいな反応だ。

 そうそう、そうなるだろ? な? やっぱり俺の反応はおかしくないんだって。

 そう思って心で頷いていると、美咲が侑希の腕を引っ張りかけた。

「ねえ、遠野くんリビングにおいでよ!」

 皓斗は急いで腕を伸ばし、美咲を制する。

「美咲、侑希に触るの禁止!」
「えー? どうしてぇ?」 

 すんでのところで間に合った。侑希は表情も体も固まらせてしまっている。

「なんでじゃねーよ。初対面のヤツに突然触られたら、誰でも戸惑うだろ。お子ちゃまにはわかんないだろうけど、それ、セクハラだかんね」

 言われた美咲はぷうっと頬を膨らませるも、父親が同意してくれ、「片付けが終わったらおいで」と言って、美咲と母親を連れて出てくれた。

 まったく、美咲はイケメンを前にすると油断も隙もないな、とため息が出た。

「ごめんな、侑希。びっくりしただ……えっ?」

 家族がリビングに戻るのを見送ってから振り返りかけると、突然に肘を掴まれ、肩甲骨辺りに暖かい重みが押しつけられた。
 侑希の額が、くっついている。

「……ありがと」
「……!」

 侑希は額を皓斗の背に押し付け、より力を入れて肘を握ると、ぼそっと言った。
 瞬間で皓斗の肌は粟立ち、身体がカアッと熱くなる。背の真ん中をゾクゾク感が競り上がった。

 侑希はすぐに離れて後ろを向いてしまったが、離れる瞬間、一瞬だけ見えた横顔は真っ赤だった。おそらく照れているのを悟られないように、顔を隠しているのだろう。

 ――侑希から、くっついてきてくれた。

 額が当たった背中に、まだ感触が残っている気がする。

 侑希の温かい額、赤く染まった頬、それから保健室で触れた首筋に唇。そのすべてが頭の中を駆け巡る。

 どうしよう。どうしてだろう。いますぐ侑希の細い体に腕を回して、ぎゅっと抱きしめたくなる。
 赤い頬や額に、自分のそれを寄せたくなる。

 保健室でも生じた、友達には通常(いだ)かない気持ちを沸き立たせてしまった皓斗は、侑希が反対側を向いて勉強道具を片付けている間に、それを収めることに集中する。

 けれどなかなか収まらず────