その後結局、皓斗の部屋に男四人、侑希だけはほんの少し壁に体を寄せて皆とは隙間を作る形で、膝を突き合わせて座っている。
「君が遠野君か。前にふたりから聞いたことがあるよ。あ、俺は一年から皓斗とつるんでる野田」
野田は予想がはずれた割には興味津々顔で、眼鏡の位置を合わせた。
「あ、どうも、遠野侑希です」
よそよそしくも和やかに微笑み合うふたり。対称的に、涼介だけは恨みがましい表情をして、皓斗に問う。
「どうして遠野が皓斗と……いつの間に仲良くなったんだ? ていうかそもそも俺、皓斗には遠野のことで悩んでるって言ってあったよな。ならなんで話してくれなかったんだよ」
「あー……」
これは、どう言ったら納得してもらえるのだろう。
「保健室でさ」
考えあぐねていると、侑希が口を開いて、他の三人は、揃って侑希に顔を向けた。
「貧血のときに皓斗に助けられたことをちゃんと思い出して。で、校内ですれ違ったときにお礼を言ったんだよ。そこからなんとなく話すようになったんだけど……俺、遅れて高校に入ったから学校で目立ちたくないんだよね。でも皓斗はなにかしら知り合いが多いだろ? 一緒にいるだけで俺まで目立つのは嫌なんだ。だから学校では知り合いじゃないふりをしてほしいって、俺が頼んだんだ」
侑希は涼介の顔を見て、ひと呼吸置いてから続けた。
「だからさ、皓斗は誰にも……涼介にも言えなかったんだよ。俺さ、事情が事情だから、同じ中学の人とは距離を置きたくて……ごめん、黙ってて。それと、会いに来てくれたとき、嫌な態度を取ったのもごめん。涼介が俺のことを覚えててくれて、本当は嬉しかった」
全部本当のことだ。けれど侑希があまりにあけすけに話すから、胸がモヤモヤとした。
涼介は涼介で、若干瞳が潤んでいる。
「……そうだったのか……俺こそごめん。遠野の気持ちも考えず突っ走って。話してくれてサンキュ。皓斗も。責めるみたいなこと言って悪かったな」
涼介の無垢な瞳が皓斗に向けられる。涼介は普段から気持ちのいい男だがどこまでも邪気がない。
「あ、いや、俺も……ゴメン」
素直に話した侑希に、純粋に受け取った涼介。これで丸く収まったのに、皓斗の胸にはモヤモヤが残っている。涼介の悩みを知っていたのに黙っていた罪悪感だろうか。
「ん、無事解決な」
ずっと黙っていた野田がグラスを取り、皓斗が用意していたジュースを飲み干した。
「そういうことなら俺らは静観ってことでいいんじゃないか? な、涼介。皓斗と遠野君はダチになったみたいだし、それはそれでいいことじゃん。遠野君、たまに俺らとも学校外で遊んだりしよう」
「あ、うん。そうだな」
涼介もジュースを飲み干すと、さっきまでとは一転、迷いが晴れた表情で同意した。
「ありがとう。またよろしく」
侑希がにっこりと笑う。それを野田が見ている。数学の難問を見ているときみたいに、少しばかり口角を上げて「愉快」とでも言うようにじっくりと。
胸のモヤモヤがムカムカになる。
そんなに見つめんなよ、侑希が減るだろっ。侑希も愛想笑いしなくていいのに、なんて思ってしまった。
「邪魔したな、皓斗」
皓斗が唇を曲げたところで、野田が侑希から視線を移し、皓斗に顔を向けてきた。
黒縁メガネのブリッジに触れ、位置を正している。難問の解答を導き出したような、達観した表情に見えた。
「う、いや別に……」
皓斗だけがまだ悶々としているが、その後帰って行くふたりを玄関まで見送ると、最後に野田が「皓斗、よかったな」と言った。
「うん? ……うん、サンキュ」
話が収まったことだろうか。なんにせよ、やっとこれで侑希とゆっくり過ごせる。
ようやく訪れた静寂にほっとして、皓斗はついつい安堵のため息を漏らして部屋に戻った。
────玄関から出た野田が「皓斗のやつ、そう進むか。なるほどな。これは面白いな」なんてつぶやき、涼介が「なにが?」という顔をしていたとは知るよしもなく。
「君が遠野君か。前にふたりから聞いたことがあるよ。あ、俺は一年から皓斗とつるんでる野田」
野田は予想がはずれた割には興味津々顔で、眼鏡の位置を合わせた。
「あ、どうも、遠野侑希です」
よそよそしくも和やかに微笑み合うふたり。対称的に、涼介だけは恨みがましい表情をして、皓斗に問う。
「どうして遠野が皓斗と……いつの間に仲良くなったんだ? ていうかそもそも俺、皓斗には遠野のことで悩んでるって言ってあったよな。ならなんで話してくれなかったんだよ」
「あー……」
これは、どう言ったら納得してもらえるのだろう。
「保健室でさ」
考えあぐねていると、侑希が口を開いて、他の三人は、揃って侑希に顔を向けた。
「貧血のときに皓斗に助けられたことをちゃんと思い出して。で、校内ですれ違ったときにお礼を言ったんだよ。そこからなんとなく話すようになったんだけど……俺、遅れて高校に入ったから学校で目立ちたくないんだよね。でも皓斗はなにかしら知り合いが多いだろ? 一緒にいるだけで俺まで目立つのは嫌なんだ。だから学校では知り合いじゃないふりをしてほしいって、俺が頼んだんだ」
侑希は涼介の顔を見て、ひと呼吸置いてから続けた。
「だからさ、皓斗は誰にも……涼介にも言えなかったんだよ。俺さ、事情が事情だから、同じ中学の人とは距離を置きたくて……ごめん、黙ってて。それと、会いに来てくれたとき、嫌な態度を取ったのもごめん。涼介が俺のことを覚えててくれて、本当は嬉しかった」
全部本当のことだ。けれど侑希があまりにあけすけに話すから、胸がモヤモヤとした。
涼介は涼介で、若干瞳が潤んでいる。
「……そうだったのか……俺こそごめん。遠野の気持ちも考えず突っ走って。話してくれてサンキュ。皓斗も。責めるみたいなこと言って悪かったな」
涼介の無垢な瞳が皓斗に向けられる。涼介は普段から気持ちのいい男だがどこまでも邪気がない。
「あ、いや、俺も……ゴメン」
素直に話した侑希に、純粋に受け取った涼介。これで丸く収まったのに、皓斗の胸にはモヤモヤが残っている。涼介の悩みを知っていたのに黙っていた罪悪感だろうか。
「ん、無事解決な」
ずっと黙っていた野田がグラスを取り、皓斗が用意していたジュースを飲み干した。
「そういうことなら俺らは静観ってことでいいんじゃないか? な、涼介。皓斗と遠野君はダチになったみたいだし、それはそれでいいことじゃん。遠野君、たまに俺らとも学校外で遊んだりしよう」
「あ、うん。そうだな」
涼介もジュースを飲み干すと、さっきまでとは一転、迷いが晴れた表情で同意した。
「ありがとう。またよろしく」
侑希がにっこりと笑う。それを野田が見ている。数学の難問を見ているときみたいに、少しばかり口角を上げて「愉快」とでも言うようにじっくりと。
胸のモヤモヤがムカムカになる。
そんなに見つめんなよ、侑希が減るだろっ。侑希も愛想笑いしなくていいのに、なんて思ってしまった。
「邪魔したな、皓斗」
皓斗が唇を曲げたところで、野田が侑希から視線を移し、皓斗に顔を向けてきた。
黒縁メガネのブリッジに触れ、位置を正している。難問の解答を導き出したような、達観した表情に見えた。
「う、いや別に……」
皓斗だけがまだ悶々としているが、その後帰って行くふたりを玄関まで見送ると、最後に野田が「皓斗、よかったな」と言った。
「うん? ……うん、サンキュ」
話が収まったことだろうか。なんにせよ、やっとこれで侑希とゆっくり過ごせる。
ようやく訪れた静寂にほっとして、皓斗はついつい安堵のため息を漏らして部屋に戻った。
────玄関から出た野田が「皓斗のやつ、そう進むか。なるほどな。これは面白いな」なんてつぶやき、涼介が「なにが?」という顔をしていたとは知るよしもなく。