恋愛なんてさ。
だいたい好みのタイプなら付き合ってみて、フィーリングが合えばそれでいいんじゃないの?
合わなかったら「はい次」。
そうじゃないと、本当に好きになれる相手なんて、見つかんなくない?
『バシッ!』
昼休み終了まで残り十分と少し。生徒もまばらになってきた学生食堂で、残っている全員が「あれは痛いな」と顔をしかめるほど鈍く響く音で、望月皓斗の頬が鳴った。
「今度こそ本気になれるかもって言ったくせに!」
ついさっきまで皓斗の彼女だった女子生徒は顔を涙でグシャグシャにして、大きな声で言葉を投げつけて食堂から出て行く。
「しょうがないじゃん、そうならなかったんだから」
皓斗は周囲の生徒には聞き取れない声量で、ぽそりとこぼしてため息を吐いた。
同時に、皓斗と昼食を共にしていたクラスメイトたちが囃し立ててくる。
「お別れおめでとう! すぐに大台に乗りそうだな。高校生活五人目……六人目だっけ? さすが、皓斗様!」
「今回のお別れは強烈だったな。平手打ちかよ。さすらいの皓斗の遍歴なんか、わかってただろうに」
「その言い方! さすらいとか遍歴って言うな」
わざと不満気な表情を作ってみせて、皓斗は目の前の野次馬たちを手で払ってやった。
けれどいつの間にやら、顔見知りの先輩や後輩なんかも皓斗のそばまで来ている。
「こぉら、望月。チートだからって、うまくやんねーと、いつか刺されるぞ」
「あたしならそんなことしませんよ! かっこいい望月先輩のこと、大事にする! ね、ね、次はあたしとどうですか」
「えっ、ならあたしも立候補する」
「おっ、皓斗どうすんの? どっちの子?」
そのうちに、クラスメイトも一緒くたになって、皆で皓斗を囲んで盛り上がリ始める。
皓斗の周囲には、いつもこうして人が集まる。幼い頃から老若男女問わずに可愛がられ、果ては犬猫にまで懐かれやすかった。
どこか余裕さえ感じさせる柔らかい雰囲気に、芸能人にもなれそうな甘い顔立ちは、他人に好意を持たれやすい。空気を読むのもうまく、相手が望む会話が自然とできる皓斗は高校二年生になった今でも教師受けはいいし、一緒に行動したがる友人が多くいる。意図せず彼女の切れ間もない。
ただ、だからというわけじゃないが、人に対する執着は薄いと自覚している。いつも誰かが皓斗を囲んでくれるから、いつの間にかくる者拒まず、去る者追わずが皓斗のモットーになっていた。
けれど本当は、皓斗だって思っている。本気で思える相手に、いつかは出会ってみたい、と。
そう思ってさまざまなタイプと付き合ってはみるものの、今はまだ特別な相手に出会えずにいた。
「ほっぺた痛って。保健室で保冷剤もらってくる」
「了解。先、教室帰ってんな。授業に遅れるなよ」
隣の座席に座っていた級長の野田に言われて、振り返らずに「おー」と返事をして食堂を出る。
食堂から保健室のある西校舎へ移るには渡り廊下を通っていくが、渡り廊下からは裏門が見え、その壁に沿って植えられた桜の木がよく見えた。
今年の桜の開花はとても遅く、四月の第一週を過ぎた頃だった。それでも中旬になれば、さすがに見頃の終わりを迎えるだろう。
皓斗はなんとはなしに切なさに似た気持ちを覚えながら、目を細めて桜を見やる。
そのとき、はらはらと散る薄桃の花びらを映している皓斗の視界に、どこにいたのか一人の男子生徒が入ってきた。
男子生徒は胸を押さえながら校舎側に歩いてきて、途中で腰を折ると、膝を崩してしゃがみ込んでしまう。
皓斗は考えるよりも先に駆け出し、生徒の元に駆けつけた。
「どうした。大丈夫か」
同じく考えるよりも先に手を伸ばし、生徒の薄い肩に手を置いた、その瞬間。
「触るな!」
生徒は身体をびくりと揺らし、皓斗の手をピシャリと振り払った。
「えっ? いや、助けようと」
怯えるように身を庇う生徒に困惑しながら言うと、生徒は蚊の鳴くような声を出す。
「すみませ……でも、触んないで……皮膚、痛いから、お願……」
言い終わらないうちに生徒の身体が揺れた。倒れてしまうと思った。
「……悪い! 非常事態だ。おぶるぞ」
痛いと言われてもこのまま放っておくなんてできない。
皓斗は生徒を素早く背に負うと、保健室へと走った。
生徒はもうなにも言葉を発しない。意識が途切れかけているのだろう。見た目は女子のように華奢で、皓斗よりも頭半分ほど背も低いのに、背に彼の重みをずっしりと感じる。
それに熱もあるのか、制服越しでも生徒の熱い体温を感じる。
「ふ……んん」
彼の吐息のような息も妙に熱く、それは皓斗の耳介をくすぐった。
なぜだろう、背筋がぞくりとする。この感覚には覚えがある気がした。けれど今はそれがなにか、思い出せない。
だいたい好みのタイプなら付き合ってみて、フィーリングが合えばそれでいいんじゃないの?
合わなかったら「はい次」。
そうじゃないと、本当に好きになれる相手なんて、見つかんなくない?
『バシッ!』
昼休み終了まで残り十分と少し。生徒もまばらになってきた学生食堂で、残っている全員が「あれは痛いな」と顔をしかめるほど鈍く響く音で、望月皓斗の頬が鳴った。
「今度こそ本気になれるかもって言ったくせに!」
ついさっきまで皓斗の彼女だった女子生徒は顔を涙でグシャグシャにして、大きな声で言葉を投げつけて食堂から出て行く。
「しょうがないじゃん、そうならなかったんだから」
皓斗は周囲の生徒には聞き取れない声量で、ぽそりとこぼしてため息を吐いた。
同時に、皓斗と昼食を共にしていたクラスメイトたちが囃し立ててくる。
「お別れおめでとう! すぐに大台に乗りそうだな。高校生活五人目……六人目だっけ? さすが、皓斗様!」
「今回のお別れは強烈だったな。平手打ちかよ。さすらいの皓斗の遍歴なんか、わかってただろうに」
「その言い方! さすらいとか遍歴って言うな」
わざと不満気な表情を作ってみせて、皓斗は目の前の野次馬たちを手で払ってやった。
けれどいつの間にやら、顔見知りの先輩や後輩なんかも皓斗のそばまで来ている。
「こぉら、望月。チートだからって、うまくやんねーと、いつか刺されるぞ」
「あたしならそんなことしませんよ! かっこいい望月先輩のこと、大事にする! ね、ね、次はあたしとどうですか」
「えっ、ならあたしも立候補する」
「おっ、皓斗どうすんの? どっちの子?」
そのうちに、クラスメイトも一緒くたになって、皆で皓斗を囲んで盛り上がリ始める。
皓斗の周囲には、いつもこうして人が集まる。幼い頃から老若男女問わずに可愛がられ、果ては犬猫にまで懐かれやすかった。
どこか余裕さえ感じさせる柔らかい雰囲気に、芸能人にもなれそうな甘い顔立ちは、他人に好意を持たれやすい。空気を読むのもうまく、相手が望む会話が自然とできる皓斗は高校二年生になった今でも教師受けはいいし、一緒に行動したがる友人が多くいる。意図せず彼女の切れ間もない。
ただ、だからというわけじゃないが、人に対する執着は薄いと自覚している。いつも誰かが皓斗を囲んでくれるから、いつの間にかくる者拒まず、去る者追わずが皓斗のモットーになっていた。
けれど本当は、皓斗だって思っている。本気で思える相手に、いつかは出会ってみたい、と。
そう思ってさまざまなタイプと付き合ってはみるものの、今はまだ特別な相手に出会えずにいた。
「ほっぺた痛って。保健室で保冷剤もらってくる」
「了解。先、教室帰ってんな。授業に遅れるなよ」
隣の座席に座っていた級長の野田に言われて、振り返らずに「おー」と返事をして食堂を出る。
食堂から保健室のある西校舎へ移るには渡り廊下を通っていくが、渡り廊下からは裏門が見え、その壁に沿って植えられた桜の木がよく見えた。
今年の桜の開花はとても遅く、四月の第一週を過ぎた頃だった。それでも中旬になれば、さすがに見頃の終わりを迎えるだろう。
皓斗はなんとはなしに切なさに似た気持ちを覚えながら、目を細めて桜を見やる。
そのとき、はらはらと散る薄桃の花びらを映している皓斗の視界に、どこにいたのか一人の男子生徒が入ってきた。
男子生徒は胸を押さえながら校舎側に歩いてきて、途中で腰を折ると、膝を崩してしゃがみ込んでしまう。
皓斗は考えるよりも先に駆け出し、生徒の元に駆けつけた。
「どうした。大丈夫か」
同じく考えるよりも先に手を伸ばし、生徒の薄い肩に手を置いた、その瞬間。
「触るな!」
生徒は身体をびくりと揺らし、皓斗の手をピシャリと振り払った。
「えっ? いや、助けようと」
怯えるように身を庇う生徒に困惑しながら言うと、生徒は蚊の鳴くような声を出す。
「すみませ……でも、触んないで……皮膚、痛いから、お願……」
言い終わらないうちに生徒の身体が揺れた。倒れてしまうと思った。
「……悪い! 非常事態だ。おぶるぞ」
痛いと言われてもこのまま放っておくなんてできない。
皓斗は生徒を素早く背に負うと、保健室へと走った。
生徒はもうなにも言葉を発しない。意識が途切れかけているのだろう。見た目は女子のように華奢で、皓斗よりも頭半分ほど背も低いのに、背に彼の重みをずっしりと感じる。
それに熱もあるのか、制服越しでも生徒の熱い体温を感じる。
「ふ……んん」
彼の吐息のような息も妙に熱く、それは皓斗の耳介をくすぐった。
なぜだろう、背筋がぞくりとする。この感覚には覚えがある気がした。けれど今はそれがなにか、思い出せない。