途端、会場全体の空気が弛緩したのが分かった。
「これから各グループで自己紹介の時間に移ります。グループ同士で顔が見えるように、輪になりましょう」
司会らしい社員が声をかけると、善樹たちは一列に並んでいた列を崩し、それぞれのグループで輪の形になった。
グループの人数は自分と風磨を除いて四人。男二人、女二人だ。その中に見知った顔が二人もいて、善樹は驚く。彼・彼女は善樹を一瞥し、意味ありげに視線を逸らした。
「えっと、初めまして!」
グループの中で一番小柄で少年のような可愛らしい顔をした男子が、まるで友達に挨拶をするみたいに「よっ」と右手を挙げた。その軽さに、その場にいた全員が驚いたのが分かる。少年は構わずに続けた。
「俺は、天海開。カイは“開く”っていう漢字です。東山中央大学情報学部三年生。あ、愛知県の大学ね。よろしく」
この場にそぐわない明るいテンションで自己紹介をする開は、インターンシップという緊張を強いられる場面でも上手く立ち振る舞えていると、善樹はさっそく感心させられた。
「愛知県から来たんだ」
ショートカットの女の子がコメントする。
「うん。ここ静岡だし、近いでしょ」
「そうですね。RESTARTのインターンだし、近いならぜひ参加する価値ありますよね」
「そうそう」
初対面の女子とも臆することなく会話をしている開に、善樹は驚きっぱなしだ。
「それで、みんなの名前は?」
開が今度は他のメンバーに問いかける。先ほど開にコメントをした黒髪ショートカットの女子が口を開いた。
「私は、坂梨友里です。京和大学経済学部三回生。よろしくお願いします」
ハキハキとした喋り方をする友里は、日本人なら誰もが知っている京都の国立大学の名前を口にした。善樹の通う東帝大学と肩を並べる大学だ。RESTARTのインターンに参加するにはふさわしい大学の学生。善樹はこのインターンが今後の人生を左右する鍵になることを確信した。
「京和大学なんてすごいですね。ちなみに僕は、京和大学を受験したんですが、落ちてしまって、滑り止めの松慶大学に通っています。理学部三年です」
「滑り止めで松慶大学も十分すごいですよ。難関私立大じゃないですか。ちなみにお名前は?」
「ああ、林田宗太郎です。よろしくお願いします」
林田宗太郎。
懐かしい名前に、善樹は一瞬目を細める。
宗太郎とは高校時代の同級生だ。向こうも気づいているはずだが、善樹に対しあえて何かを言ってくることもない。
「林田くん。よろしく〜」
開がまた明るい声で右手を差し出した。何の握手なのか、と宗太郎は戸惑っている様子だった。だが開はそんな宗太郎の逡巡などお構いなしに、右手を握った。
「それで、残りの二人は?」
自己紹介を終えた三人が一斉に善樹と、もう一人の女子を見る。善樹はようやく自分の番が来たと思い、告げた。
「一条善樹です。東帝大学法学部三年生。社会福祉事業サービスに興味があって今日ここに来ました。よろしくお願いします」
他のみんなは名前と大学名しか言わなかったが、善樹はインターンに対する心意気まで話した。「おお」と開が感心したように声を漏らす。宗太郎は真顔で善樹を見ている。
「東帝大なんだ。すごい」
一番大きなリアクションをしたのは、意外にも友里だった。友里も京和大という偏差値の高い大学に通っているのだから、「すごい」と言われるほどのことではない。だが悪い気はしなかった。
「へえ、結構な高学歴が集まってるね。そっちのきみは?」
再び開が自己紹介を進める。最後に一人の女子の方へ視線が集まる。少し茶色みのあるストレートの髪が艶を帯びている。善樹もよく知っている人物だった。
「申し遅れてすみません。私は長良美都といいます。一条くんと同じ東帝大学の文学部で……今、三年生です」
心なしか、大学名と学年を言う時に渋るような素ぶりを見せたような気がする。美都は、こういう場で大学名を伝えるのが恥ずかしいと思っているのかもしれない。善樹の周りにも同じようなことを言っている同級生がいたのを思い出す。「インターンで大学名を言うでしょ。そしたらみんな、高学歴の自分に過度な期待を寄せてくるというか、色眼鏡で見られる気がして嫌なんだ」とその人は言っていた。同じ学部の女子だった。善樹には持ち得ない感覚だったので、適当に「へえ」と相槌を打った記憶がある。
「うわ、東帝大の人が二人!? じゃあ俺たちのグループ強いんじゃない?」
興奮気味の開の声が響き渡る。
「いや、確かグループで協力してやるような課題じゃなかったですよね? だったらグループ全体の偏差値ってあんまり関係ないような」
ショートへアの友里の言葉に、ああ、そうかと善樹も思い直す。
「そういえば、そう言ってましたね。今回の課題って、発表も個人でするみたいですし」
「はい。だからどちらかと言えば、グループのメンバーが敵ということになるんです」
「……」
敵、という身も蓋も無い分かりやすい表現に、全員が押し黙る。発言をした友里自身も気まずそうに顔を伏せた。
「ま、まあ、敵なんて固いこと言わずにさ、仲良くしようぜ」
開のポジティブな発言に、善樹はほっとさせられていた。他のメンバーも同じようで、「そうですね」と胸を撫で下ろす。
「インターンはインターンですし、楽しみながら課題こなすのが一番ですよね」
機転の利く開と友里の会話に、善樹、宗太郎、美都の三人はすでに出遅れたようなかたちになった。
「これから各グループで自己紹介の時間に移ります。グループ同士で顔が見えるように、輪になりましょう」
司会らしい社員が声をかけると、善樹たちは一列に並んでいた列を崩し、それぞれのグループで輪の形になった。
グループの人数は自分と風磨を除いて四人。男二人、女二人だ。その中に見知った顔が二人もいて、善樹は驚く。彼・彼女は善樹を一瞥し、意味ありげに視線を逸らした。
「えっと、初めまして!」
グループの中で一番小柄で少年のような可愛らしい顔をした男子が、まるで友達に挨拶をするみたいに「よっ」と右手を挙げた。その軽さに、その場にいた全員が驚いたのが分かる。少年は構わずに続けた。
「俺は、天海開。カイは“開く”っていう漢字です。東山中央大学情報学部三年生。あ、愛知県の大学ね。よろしく」
この場にそぐわない明るいテンションで自己紹介をする開は、インターンシップという緊張を強いられる場面でも上手く立ち振る舞えていると、善樹はさっそく感心させられた。
「愛知県から来たんだ」
ショートカットの女の子がコメントする。
「うん。ここ静岡だし、近いでしょ」
「そうですね。RESTARTのインターンだし、近いならぜひ参加する価値ありますよね」
「そうそう」
初対面の女子とも臆することなく会話をしている開に、善樹は驚きっぱなしだ。
「それで、みんなの名前は?」
開が今度は他のメンバーに問いかける。先ほど開にコメントをした黒髪ショートカットの女子が口を開いた。
「私は、坂梨友里です。京和大学経済学部三回生。よろしくお願いします」
ハキハキとした喋り方をする友里は、日本人なら誰もが知っている京都の国立大学の名前を口にした。善樹の通う東帝大学と肩を並べる大学だ。RESTARTのインターンに参加するにはふさわしい大学の学生。善樹はこのインターンが今後の人生を左右する鍵になることを確信した。
「京和大学なんてすごいですね。ちなみに僕は、京和大学を受験したんですが、落ちてしまって、滑り止めの松慶大学に通っています。理学部三年です」
「滑り止めで松慶大学も十分すごいですよ。難関私立大じゃないですか。ちなみにお名前は?」
「ああ、林田宗太郎です。よろしくお願いします」
林田宗太郎。
懐かしい名前に、善樹は一瞬目を細める。
宗太郎とは高校時代の同級生だ。向こうも気づいているはずだが、善樹に対しあえて何かを言ってくることもない。
「林田くん。よろしく〜」
開がまた明るい声で右手を差し出した。何の握手なのか、と宗太郎は戸惑っている様子だった。だが開はそんな宗太郎の逡巡などお構いなしに、右手を握った。
「それで、残りの二人は?」
自己紹介を終えた三人が一斉に善樹と、もう一人の女子を見る。善樹はようやく自分の番が来たと思い、告げた。
「一条善樹です。東帝大学法学部三年生。社会福祉事業サービスに興味があって今日ここに来ました。よろしくお願いします」
他のみんなは名前と大学名しか言わなかったが、善樹はインターンに対する心意気まで話した。「おお」と開が感心したように声を漏らす。宗太郎は真顔で善樹を見ている。
「東帝大なんだ。すごい」
一番大きなリアクションをしたのは、意外にも友里だった。友里も京和大という偏差値の高い大学に通っているのだから、「すごい」と言われるほどのことではない。だが悪い気はしなかった。
「へえ、結構な高学歴が集まってるね。そっちのきみは?」
再び開が自己紹介を進める。最後に一人の女子の方へ視線が集まる。少し茶色みのあるストレートの髪が艶を帯びている。善樹もよく知っている人物だった。
「申し遅れてすみません。私は長良美都といいます。一条くんと同じ東帝大学の文学部で……今、三年生です」
心なしか、大学名と学年を言う時に渋るような素ぶりを見せたような気がする。美都は、こういう場で大学名を伝えるのが恥ずかしいと思っているのかもしれない。善樹の周りにも同じようなことを言っている同級生がいたのを思い出す。「インターンで大学名を言うでしょ。そしたらみんな、高学歴の自分に過度な期待を寄せてくるというか、色眼鏡で見られる気がして嫌なんだ」とその人は言っていた。同じ学部の女子だった。善樹には持ち得ない感覚だったので、適当に「へえ」と相槌を打った記憶がある。
「うわ、東帝大の人が二人!? じゃあ俺たちのグループ強いんじゃない?」
興奮気味の開の声が響き渡る。
「いや、確かグループで協力してやるような課題じゃなかったですよね? だったらグループ全体の偏差値ってあんまり関係ないような」
ショートへアの友里の言葉に、ああ、そうかと善樹も思い直す。
「そういえば、そう言ってましたね。今回の課題って、発表も個人でするみたいですし」
「はい。だからどちらかと言えば、グループのメンバーが敵ということになるんです」
「……」
敵、という身も蓋も無い分かりやすい表現に、全員が押し黙る。発言をした友里自身も気まずそうに顔を伏せた。
「ま、まあ、敵なんて固いこと言わずにさ、仲良くしようぜ」
開のポジティブな発言に、善樹はほっとさせられていた。他のメンバーも同じようで、「そうですね」と胸を撫で下ろす。
「インターンはインターンですし、楽しみながら課題こなすのが一番ですよね」
機転の利く開と友里の会話に、善樹、宗太郎、美都の三人はすでに出遅れたようなかたちになった。