「……え?」

 順番に面接官を見ていた美都の視線が、一番端に座っている人物に、釘付けになった。

「善樹くん……?」

 美都は自分が目にしている光景が、現実なのかどうか区別がつかなかった。
 女性スタッフの横に座っているのは、紛れもなくDグループで一緒にディスカッションをした一条善樹だ。東帝大学の三年生。一体なぜ、彼が面接官側の席に座っているの? リクルートスーツではなく、他の社員と同じようにオフィスカジュアルでラフな格好をしている。そもそもDグループから選ばれたのは自分一人のはずだ。彼がこの場にいるのはおかしい。

「長良さん、動揺させてしまったようですね。彼——一条くんとは、インターンで同じグループだったので、そのせいでしょう」

「は、はい」

 岩崎が美都にフォローを入れる。その間も、善樹は美都から少し視線を逸らしたまま、目を合わせようとはしなかった。
 美都は立ったまま、岩崎に説明してくださいと目で訴えた。その気持ちが伝わったのか、岩崎は「彼は」と続けた。

「実は弊社の長期インターン生として、この四月から(・・・・・・)働いてくれていてね。毎日ではないけれど、週に四日ほど、うちの人事部に来ている。先月の宿泊型インターンでは、私が彼に参加をするように申し伝えた。まあ、その辺の話はいまここで具体的にする必要はないかな。とにかく彼、一条くんは今日面接官としてここにいる。だから長良さんも、一条くんのことを友人ではなく、弊社社員として考えてほしい」

「はあ」

 あまりにも突然の告白に、美都は分かりやすく面食らった。
 今田に「着席してください」と言われ、ロボットのようなたどたどしい動作で準備された椅子に腰掛ける。キイイ、と椅子が軋む音さえ、耳に入らないほどだった。
 震える心をなんとか宥めながら、自己紹介を開始する。

「長良美都と申します。東帝大学文学部——を、昨年中退して、現在はフリーランスでイラストの仕事をしております。本日はよろしくお願いいたします」

 今度は善樹の目が大きく見開かれた。

「中退……?」

 ぼそっと、彼が遠くで呟くのが聞こえてくる。慌ててテーブルの上に視線を落としたのが分かった。おそらく、美都が提出した履歴書を見ているのだろう。

「はい。昨年の夏に諸事情で大学を中退しております。先月のインターンの際には……グループの皆さんには在学中だと嘘をついておりました。申し訳ございませんでした」

 美都は主に、善樹に向かって頭を下げる。
 大学を中退していることは、岩崎を始め、他の社員は知っているはずだ。宿泊型インターンで提出した履歴書にはきちんと記載している。善樹が今見ている履歴書も、その時のものだろう。嘘をついたのはグループの中だけだ。自分がフリーターであることをつっこまれるのが面倒だったので、在学中ということにした。おかげで変な疑いをかけられることはなかった。多少の罪悪感はあったものの、それほど気にしてはいない。

「続けてください。まず、志望動機をお聞かせ願えますか」

 今田に促されて、美都は頷く。善樹が動揺してくれたおかげで、美都の方は逆に少し冷静になっていた。

「御社を志望する理由は、大学の文学部で社会学を学ぶうちに、身近に暮らしている生きづらい人たちに希望を与える仕事をしたいと思ったからです」

 大丈夫。志望動機はこの一週間でじっくり考えてきた。インターンで受けた会社説明も踏まえて、会社に対する解像度はかなり上がっている。澱みなく、自分が本当にRESTARTで働くことを志望しているように、伝えるだけ。

「今、日本社会では高齢化や生活保護、少子化、LGBTQなどの問題について声高に叫ばれていますが、そのどれも、いずれ自分や自分の大切な人が直面するかもしれない問題です。SNS上では立場の違う人たちが醜い言い争いをしているところをよく見かけますが、そんな争いを見るたびに、常々思うんです。文句を言うだけでなく、みんなで支え合える社会を、どうして自分の手で実現しようと思わないのか、と」

 美都が育ってきた家は、ごく普通のサラリーマン家庭だった。
 それなのに、家には常にお金がない。
 どうしてなんだろうと、子供ながらに疑問を抱かずにはいられなかった。社会の仕組みが間違っているのではないか。そんな疑問がずっと胸を巣食っていた。それだけは間違いない。

「私は、御社にもし入社できるのではあれば、今、高齢者や障害者などといった名前のついていない“生きづらい人”にも焦点を当てて、その人たちが心地よく生活できるような支援サービスを提供したいです。以上です」