午後九時になり、美都と約束をしたロビーに向かう。ロビーには旅館のスタッフ以外、ちらほらと売店に来る学生や他のお客さんが数名いるだけだった。大広間に集まる時は大勢の学生がひしめき合っているので、こうして見ると普通に温泉旅館に泊まりに来たような錯覚に陥った。
「待たせてごめん」
美都はロビーのソファに座って、本を読んでいた。善樹が声をかけると本から顔を上げる。
「うん、待ってないから大丈夫」
パタンと閉じた本をテーブルの上に置いた。
「実はちょっと、善樹くんに相談があって……」
「相談? どうしたの」
彼女から相談を受けるのはいつぶりだろう。カフェで一緒に働いていた時には仕事の相談を度々受けていた。だが彼女がアルバイトを辞めてから、ほとんど関わりがなくなっていたから久しぶりの感覚だった。
「実は昨日の夜、天海くんから連絡先を聞かれたんだよね」
「え? 開?」
予想外の方向から話が飛んできて、善樹は面食らう。Dグループのまとめ役でいつも明るく自分たちを引っ張ってくれる開と、美都の間でそんなやりとりが繰り広げられているなんて想像もしていなかった。
「うん。それでどうしようか迷ってたっていうか。連絡先は、『インターンが終わってからなら』ってなんとなく濁したんだけど、ちょっと気まずくなってしまって」
「そっか、そうだったんだ。だから、今日のディスカッション中に辞退するなんて言ったの?」
「あれは……あの時も言ったように、その場の空気に耐えられなくなって言ってしまったんだけど……そうだね、昨日の天海くんとのこともあって、もう限界だって思ったのかもしれない」
彼女の口ぶりからするに、開から連絡先を聞かれたことが、少なくとも彼女の中では想定外の出来事だったと分かる。自分だったらどうだろう。インターンの場であれ、異性から連絡先を聞かれたら——ちょっとは嬉しいと思ってしまうかもしれない。でも、美都にとってはプラスの方向に気持ちが転じなかったようだ。
「それは、仕方ないね。うん、長良さんの気持ちは分かるよ」
「私の気持ちが? あのさ、善樹くんはその……私のこと、どう思ってる」
話の流れが絶妙にずれていって、善樹は「え?」と思わず声を上げた。
「一年生の時、私が善樹くんに告白をしたこと、覚えてるよね」
「え、う、うん。それはもちろん」
美都は何を考えているのだろう。揺れる瞳から彼女の感情を読み取ることができない。
「今は、どう思ってる……? 私のこと、ありか、なしか」
まさか、美都から色恋沙汰の話で相談を受けるとは思っておらず、善樹はドキマギとするばかりで、咄嗟に答えが口から出てこない。美都とは久しぶりに再会をして、懐かしい気分にはさせられていた。ひょっとしたらまだ自分のことを好きなのではないか——そんなふうに、心のどこかで思っていた節もある。いや、正直に認めよう。善樹は美都からまだ好意を寄せられていると信じ、自惚れていた。
「なしとかじゃ、ないよ。というか……自分に好きだと言ってくれた人に対して、ありとかなしとか、そんな上から目線で答えるのは好きじゃない」
善樹は率直に思ったことを告げる。美都は瞳を何度か瞬かせた。
「そっか……なんか、嬉しい。バイトを辞めたあと、関わることがなくなっちゃって、ちょっと寂しいと思ってた。ふふ、自分が告白なんてしたからいけないんだけどね。ぶっちゃけ善樹くん、私がまだ自分のこと好きなんじゃないかって、思ってた?」
「ああ……正直なところね。男ってバカだから」
「そっかあ。じゃあ、まだチャンスはあるってことかな」
小悪魔的に微笑む彼女が、なんだか愛らしい生き物に思えてくる。聡明な彼女のことだから、善樹をその気にさせる作戦かも、なんて勘繰ってしまう自分がいた。
「待たせてごめん」
美都はロビーのソファに座って、本を読んでいた。善樹が声をかけると本から顔を上げる。
「うん、待ってないから大丈夫」
パタンと閉じた本をテーブルの上に置いた。
「実はちょっと、善樹くんに相談があって……」
「相談? どうしたの」
彼女から相談を受けるのはいつぶりだろう。カフェで一緒に働いていた時には仕事の相談を度々受けていた。だが彼女がアルバイトを辞めてから、ほとんど関わりがなくなっていたから久しぶりの感覚だった。
「実は昨日の夜、天海くんから連絡先を聞かれたんだよね」
「え? 開?」
予想外の方向から話が飛んできて、善樹は面食らう。Dグループのまとめ役でいつも明るく自分たちを引っ張ってくれる開と、美都の間でそんなやりとりが繰り広げられているなんて想像もしていなかった。
「うん。それでどうしようか迷ってたっていうか。連絡先は、『インターンが終わってからなら』ってなんとなく濁したんだけど、ちょっと気まずくなってしまって」
「そっか、そうだったんだ。だから、今日のディスカッション中に辞退するなんて言ったの?」
「あれは……あの時も言ったように、その場の空気に耐えられなくなって言ってしまったんだけど……そうだね、昨日の天海くんとのこともあって、もう限界だって思ったのかもしれない」
彼女の口ぶりからするに、開から連絡先を聞かれたことが、少なくとも彼女の中では想定外の出来事だったと分かる。自分だったらどうだろう。インターンの場であれ、異性から連絡先を聞かれたら——ちょっとは嬉しいと思ってしまうかもしれない。でも、美都にとってはプラスの方向に気持ちが転じなかったようだ。
「それは、仕方ないね。うん、長良さんの気持ちは分かるよ」
「私の気持ちが? あのさ、善樹くんはその……私のこと、どう思ってる」
話の流れが絶妙にずれていって、善樹は「え?」と思わず声を上げた。
「一年生の時、私が善樹くんに告白をしたこと、覚えてるよね」
「え、う、うん。それはもちろん」
美都は何を考えているのだろう。揺れる瞳から彼女の感情を読み取ることができない。
「今は、どう思ってる……? 私のこと、ありか、なしか」
まさか、美都から色恋沙汰の話で相談を受けるとは思っておらず、善樹はドキマギとするばかりで、咄嗟に答えが口から出てこない。美都とは久しぶりに再会をして、懐かしい気分にはさせられていた。ひょっとしたらまだ自分のことを好きなのではないか——そんなふうに、心のどこかで思っていた節もある。いや、正直に認めよう。善樹は美都からまだ好意を寄せられていると信じ、自惚れていた。
「なしとかじゃ、ないよ。というか……自分に好きだと言ってくれた人に対して、ありとかなしとか、そんな上から目線で答えるのは好きじゃない」
善樹は率直に思ったことを告げる。美都は瞳を何度か瞬かせた。
「そっか……なんか、嬉しい。バイトを辞めたあと、関わることがなくなっちゃって、ちょっと寂しいと思ってた。ふふ、自分が告白なんてしたからいけないんだけどね。ぶっちゃけ善樹くん、私がまだ自分のこと好きなんじゃないかって、思ってた?」
「ああ……正直なところね。男ってバカだから」
「そっかあ。じゃあ、まだチャンスはあるってことかな」
小悪魔的に微笑む彼女が、なんだか愛らしい生き物に思えてくる。聡明な彼女のことだから、善樹をその気にさせる作戦かも、なんて勘繰ってしまう自分がいた。