「わぁ……!」
澄香は目の前に置かれた黄色くてフワフワしたものに、思わず感嘆の声を上げた。
そんな澄香を流唯は目を細めて見詰めている。
「さぁ、冷めないうちに食べるといい」
「でも、旦那様のお料理がまだ……」
「いいから。料理は温かいうちに食べるのがいちばんだ」
そう促された澄香は、いただきます、と手を合わせると、フワフワの卵と色のついたライスをスプーンですくい上げ口に運んだ。
「――!!」
初めて味わう食感とまろやかな甘みに、澄香は言葉も忘れている。
「どうだ、美味いか?」
「はい! とっても美味しいです!」
そこへ流唯の注文したライスカレーがやってきた。
(わぁ……なんともいい香りがするわ)
澄香が思わず鼻をひくひくさせていると、流唯は添えられていた小皿にライスカレーを器用に移し、すっと澄香の方に差し出した。
「澄香も食べてみなさい」
「……えっ、でも……」
「俺は何でも澄香と分かち合いたいんだ。楽しいことも、つらいことも。そして『美味しい』ことも」
そう言って、流唯は片方の目をバチンと閉じた。
「旦那様……」
澄香は目尻を濡らしたり、頬を赤く染めたりと忙しい。
「ありがとうございます。それでは……いただきます」
ライスカレーを口に含んだ瞬間、これまでに味わったことのない香辛料の香りが鼻からスーッと抜けていくのを感じた。
口に入れた瞬間は甘く感じたのだが、時間が経つと、ほどよい辛味が舌を刺激してくる。
(洋食には、こんなに不思議なお料理があるのね……)
澄香は辛味を感じると、オムライスの優しい甘さに包まれたくなり、その甘さに慣れてくると、ライスカレーのピリリとした刺激が恋しくなった。
気付かぬうちに、澄香はオムライスとライスカレーを交互に口に運んでいた。
(やだわ、わたしったら……なんてはしたないことを……旦那様に呆れられてしまうわ)
急に自分が恥ずかしくなり、澄香はスプーンを置いてしまう。
「どうした? もう腹いっぱいか? 澄香が美味そうに食べているところを見ていると、俺まで幸せな気持ちになるよ」
流唯はそう言って、目を柔らかく細めた。
(わたしが……こんなふうに品のない食べ方をしてしまうわたしが、旦那様を幸せにできているの……?)
澄香は目をパチパチ瞬くと、目の前の美しい男を見詰めた。
(わたしは自分のことは信じられない。けれど……旦那様のおっしゃることは信じられる気がするわ……)
澄香は再びスプーンを手に取ると、自分がオーダーしたオムライスと、流唯が分けてくれたライスカレーをすべて平らげた。
「澄香は和食よりも洋食の方が口に合うようだな。家で食事をしているときよりも、美味そうに食べていた」
確かにそうかもしれない、と澄香は感じていた。
和食というものには、どうしても生家での辛い記憶が付きまとう。
どんなに体調が悪くても朝餉の支度をせねばならず、そこまでしても自分が食べていいのは残り物だけ。
残飯をひび割れた手で持ち、暗くてじめじめした納屋に戻る自分を思い出した澄香は、ぶるぶると頭を振る。
(――もう二度と、あそこには戻りたくない。わたしは、旦那様のお側にいたい)
澄香は改めてそう感じたのだった。
そのとき、レストランの入口から白い紙飛行機のようなものが飛んできて、流唯の前で止まった。
流唯はその式に書かれているメッセージに目を通すと、ひとつ嘆息する。
「――澄香……すまない。本社から連絡があって、朝のトラブルがまだ片付いていないらしい。悪いが、また戻らなければならない」
「いいえ、お仕事なら仕方がありません。それに、今日はなにからなにまで、本当によくしていただきました」
澄香は内心がっかりしている自分を感じてはいたが、そう言って流唯に微笑みかけた。
名残惜しそうな表情を浮かべて本社へと戻る流唯を見送ると、澄香はいったん店内に戻り御不浄へと向かった。
(旦那様の前ではなかなか『御不浄へ行きたい』と言い出せないのよね)
澄香は苦笑いしながら手を洗い、鏡に映る自分の姿に目をやる。
(ドレスを着て百貨店にいるわたし……やっぱりまだ信じられないわ。すべて旦那様のおかげね)
口元を綻ばせながら頭につけたレースのリボンの位置を調節していると、突然鏡の中に鮮やかな紅色の着物姿の女が現れた。
「――ひいっっ!」
澄香は小さく叫び、真っ青な顔で後退る。
その女は大きな薔薇が大胆にあしらわれた着物を身にまとい、腕を組んで澄香を睨んでいる。
「あァら、誰かと思えば、無能で引きこもりのお姉さまではないですのォ~! こんなところで、何をなさっているのです?」
「あ……明莉……」
澄香は恐怖を感じ、じりじりと後退る。
一方の明莉は、姉を頭のてっぺんから爪先まで舐め回すように観察したかと思うと、真っ赤な唇を開いた。
「お姉さま、そのドレス、ちっとも似合ってなくてよッ!」
そう吐き捨てるように言うと、明莉は姉の頭に結わえ付けられている白いリボンを無理やりほどいた。
「あっ……なにをす――」
「お姉さまにレースのリボンだなんて、ちゃんちゃら可笑しいわッ! その地味で不器量な顔に不釣り合いもいいところよッ!」
「や、やめてっ! 返してっ!」
取り返そうとする澄香だったが、明莉はリボンを持つ手を高々と上げ、ゲラゲラと笑っている。
「おチビのお姉さまには届かなくってよッ!」
澄香は必死にジャンプを繰り返すも、一向に届かない。
明莉は下卑た笑い声を御不浄内に響かせたかと思うと、リボンを巾着にサッとしまった。
そして、赤くぬらぬらと光る唇を澄香の耳に近付け囁いた。
「――それにしてもお姉様、まだ生きていたのねぇ。もうてっきり鬼に喰われているとばかり思っていたのに」
さも可笑しそうにクックッと笑う明莉。
「――そ、それは……ど、どういう意味……?」
澄香は半泣き状態で尋ねる。
澄香は目の前に置かれた黄色くてフワフワしたものに、思わず感嘆の声を上げた。
そんな澄香を流唯は目を細めて見詰めている。
「さぁ、冷めないうちに食べるといい」
「でも、旦那様のお料理がまだ……」
「いいから。料理は温かいうちに食べるのがいちばんだ」
そう促された澄香は、いただきます、と手を合わせると、フワフワの卵と色のついたライスをスプーンですくい上げ口に運んだ。
「――!!」
初めて味わう食感とまろやかな甘みに、澄香は言葉も忘れている。
「どうだ、美味いか?」
「はい! とっても美味しいです!」
そこへ流唯の注文したライスカレーがやってきた。
(わぁ……なんともいい香りがするわ)
澄香が思わず鼻をひくひくさせていると、流唯は添えられていた小皿にライスカレーを器用に移し、すっと澄香の方に差し出した。
「澄香も食べてみなさい」
「……えっ、でも……」
「俺は何でも澄香と分かち合いたいんだ。楽しいことも、つらいことも。そして『美味しい』ことも」
そう言って、流唯は片方の目をバチンと閉じた。
「旦那様……」
澄香は目尻を濡らしたり、頬を赤く染めたりと忙しい。
「ありがとうございます。それでは……いただきます」
ライスカレーを口に含んだ瞬間、これまでに味わったことのない香辛料の香りが鼻からスーッと抜けていくのを感じた。
口に入れた瞬間は甘く感じたのだが、時間が経つと、ほどよい辛味が舌を刺激してくる。
(洋食には、こんなに不思議なお料理があるのね……)
澄香は辛味を感じると、オムライスの優しい甘さに包まれたくなり、その甘さに慣れてくると、ライスカレーのピリリとした刺激が恋しくなった。
気付かぬうちに、澄香はオムライスとライスカレーを交互に口に運んでいた。
(やだわ、わたしったら……なんてはしたないことを……旦那様に呆れられてしまうわ)
急に自分が恥ずかしくなり、澄香はスプーンを置いてしまう。
「どうした? もう腹いっぱいか? 澄香が美味そうに食べているところを見ていると、俺まで幸せな気持ちになるよ」
流唯はそう言って、目を柔らかく細めた。
(わたしが……こんなふうに品のない食べ方をしてしまうわたしが、旦那様を幸せにできているの……?)
澄香は目をパチパチ瞬くと、目の前の美しい男を見詰めた。
(わたしは自分のことは信じられない。けれど……旦那様のおっしゃることは信じられる気がするわ……)
澄香は再びスプーンを手に取ると、自分がオーダーしたオムライスと、流唯が分けてくれたライスカレーをすべて平らげた。
「澄香は和食よりも洋食の方が口に合うようだな。家で食事をしているときよりも、美味そうに食べていた」
確かにそうかもしれない、と澄香は感じていた。
和食というものには、どうしても生家での辛い記憶が付きまとう。
どんなに体調が悪くても朝餉の支度をせねばならず、そこまでしても自分が食べていいのは残り物だけ。
残飯をひび割れた手で持ち、暗くてじめじめした納屋に戻る自分を思い出した澄香は、ぶるぶると頭を振る。
(――もう二度と、あそこには戻りたくない。わたしは、旦那様のお側にいたい)
澄香は改めてそう感じたのだった。
そのとき、レストランの入口から白い紙飛行機のようなものが飛んできて、流唯の前で止まった。
流唯はその式に書かれているメッセージに目を通すと、ひとつ嘆息する。
「――澄香……すまない。本社から連絡があって、朝のトラブルがまだ片付いていないらしい。悪いが、また戻らなければならない」
「いいえ、お仕事なら仕方がありません。それに、今日はなにからなにまで、本当によくしていただきました」
澄香は内心がっかりしている自分を感じてはいたが、そう言って流唯に微笑みかけた。
名残惜しそうな表情を浮かべて本社へと戻る流唯を見送ると、澄香はいったん店内に戻り御不浄へと向かった。
(旦那様の前ではなかなか『御不浄へ行きたい』と言い出せないのよね)
澄香は苦笑いしながら手を洗い、鏡に映る自分の姿に目をやる。
(ドレスを着て百貨店にいるわたし……やっぱりまだ信じられないわ。すべて旦那様のおかげね)
口元を綻ばせながら頭につけたレースのリボンの位置を調節していると、突然鏡の中に鮮やかな紅色の着物姿の女が現れた。
「――ひいっっ!」
澄香は小さく叫び、真っ青な顔で後退る。
その女は大きな薔薇が大胆にあしらわれた着物を身にまとい、腕を組んで澄香を睨んでいる。
「あァら、誰かと思えば、無能で引きこもりのお姉さまではないですのォ~! こんなところで、何をなさっているのです?」
「あ……明莉……」
澄香は恐怖を感じ、じりじりと後退る。
一方の明莉は、姉を頭のてっぺんから爪先まで舐め回すように観察したかと思うと、真っ赤な唇を開いた。
「お姉さま、そのドレス、ちっとも似合ってなくてよッ!」
そう吐き捨てるように言うと、明莉は姉の頭に結わえ付けられている白いリボンを無理やりほどいた。
「あっ……なにをす――」
「お姉さまにレースのリボンだなんて、ちゃんちゃら可笑しいわッ! その地味で不器量な顔に不釣り合いもいいところよッ!」
「や、やめてっ! 返してっ!」
取り返そうとする澄香だったが、明莉はリボンを持つ手を高々と上げ、ゲラゲラと笑っている。
「おチビのお姉さまには届かなくってよッ!」
澄香は必死にジャンプを繰り返すも、一向に届かない。
明莉は下卑た笑い声を御不浄内に響かせたかと思うと、リボンを巾着にサッとしまった。
そして、赤くぬらぬらと光る唇を澄香の耳に近付け囁いた。
「――それにしてもお姉様、まだ生きていたのねぇ。もうてっきり鬼に喰われているとばかり思っていたのに」
さも可笑しそうにクックッと笑う明莉。
「――そ、それは……ど、どういう意味……?」
澄香は半泣き状態で尋ねる。