「私は、自分の本名が嫌いだ。だから、高校では『メガネ』と名乗る事を決めた。周りがそろって反対する中。私の自由を認めてくれたのは野上(のがみ)だけだった。
 私が自分らしくいられる場所。それが@home(アット・ホーム)。勉強しか能のない私だが、これからも@home(アット・ホーム)で楽しむつもりだ。メガネと名乗ってな」

 舞台に上がったユキ先輩が、ペコリと頭を下げる。

「……私は一年の春から不登校でした。理由は、中学の部活でモメ事を起こしたから。また責められるのがこわくて、家に閉じこもっていました。登校できるようにしてくれたのは、中学から一緒だったコウタです。
 私を先輩と呼んでくれるかわいい後輩も、@home(アット・ホーム)でできました。@home(アット・ホーム)は、私の大切な居場所です」

 わたしは元気よく階段をのぼる。

「中学までの私は、なにもやりたいことがありませんでした。そんな時、演劇の舞台を観て。演劇をやってみたいと思って、この高校を選びました。通学片道一時間、同じ中学出身の子はゼロ。演劇部に入部する事しか、考えていませんでした。
 でも、未経験者のわたしには、演劇部はスパルタすぎて。仮入部三日目で、ダメだしをくらいました。
 これからどうしようって思っていた時。泣いていた私を笑わせてくれたのが、一緒に演劇をやろうって誘ってくれたのが、コウタ先輩でした。
 演劇のえの字も知らないわたしに、ユキ先輩が一から優しく教えてくれました。演劇用語や練習方法を、無理なく楽しく身につけられるように、コウタ先輩が一つずつ教えてくれました。難しくなった勉強の楽しさを、メガネ先輩や桜木くんが教えてくれました。
 誰かのマネじゃなく、自分自身がキラキラできる人になりたいって思えたのは。先輩達みたいに、なにかを教えられる人になりたいって思えたのは、@home(アット・ホーム)に入会したからです。@home(アット・ホーム)、大好きです!」

 ざ、ざと音声が揺れる。

「音声で失礼します。一年の桜木です。僕は@home(アットホーム)が演じていた寸劇を見て、楽しそうだなと思って入会しました。僕が作った音楽を、動画を、みんながすごいと言ってくれた。家で一人で黙々と作業していた時には味わえなかった感覚でした。僕も@home(アットホーム)が大好きです」

 一番最後は、コウタ先輩。
 まっすぐ舞台に上がり、まっすぐ観客を見る。

「まずは、舞台を上演できるよう手配(てはい)してくれたメガネ先輩。一緒に演じてくれたユキ、はるかちゃん。音響や動画編集を一人でこなしてくれた桜木くん。準備や宣伝、照明を手伝ってくれた友人たち。支えてくれた両親、家族にお礼を。ありがとうございました。
 劇中(げきちゅう)でも表現しましたが、俺は演劇以外からっきしダメな奴です。同好会のメンバーがいなかったら、俺は演劇しか知らないちっぽけな人間のままだったと思います。
 演劇を楽しんでいれば、役が(もら)えて。演劇を楽しんでいれば、上の大会に行ける。昔の俺は、そう信じていました。でも、実際は違ったんです。楽しいのは俺だけで、俺が役を貰った影で、上の大会に進んだ影で。退部を決めた人もいれば、泣いている人もいました。俺個人が楽しくても、全員が楽しいとはかぎらない。その事に気づくまで、長い長い時間がかかりました。
 同好会を立ち上げたのは、楽しい気持ちを分かちあえる仲間が欲しかったからです。自由に表現できる演劇の楽しさを、キラキラ輝く世界を創りだす楽しさを、一緒に笑って楽しめる仲間が欲しかったからです」

 コウタ先輩が言葉を続ける。

「メンバー五人以下の同好会が解散する話は、現時点(げんじてん)ではまだありません。けれど、メンバーが五人以下の同好会は俺達以外にもあります。活動内容が部活とかぶっているからと、おおっぴらに活動していない同好会もあります。部活だからエライ。部活だから何でもゆるされる。そういう事はありません。自分自身が楽しんで活動できる場所であれば、笑って活動できる場所であれば。同好会でかまわないと、俺は思っています。
 今日の舞台には、観てくれる人達が楽しい気持ちになれるよう、楽しい気持ちをたくさんこめました。ほんの少しでも楽しんでくれていたら、拍手をくださると嬉しいです。
 もしもこの中に、俺達と一緒に活動してみたいと思ってくれた人がいたら。特別棟四階の地学準備室で待っています。楽しみたい気持ちがあれば、誰でも大歓迎。入会も退会も自由。新メンバー募集中です。
 本日はありがとうございました!」

 コウタ先輩が頭を下げ、わたし達も頭を下げる。
 幕が()りるよりも大きな拍手の音が、耳に届く。

 勝ったとか、負けたとか、そんなことよりも。
 楽しい気持ちが伝わっていれば、オールオッケーです!

 下りていた幕が途中(とちゅう)で止まる。
 メガネ先輩が「台本はココまでだが」と、マイクを取りだした。