最初は、下手の揺りイスと上手の家具前で。
次は、マリアだけが、赤いソファーに座り。
最後は、マリアとダリアが二人そろって、ソファーに座った。
距離が近くなっただけなのに。
二人がどんどん、仲良くなっていくのが分かる。
実際の位置=心の距離。
わざわざ言葉で説明しなくても。
舞台では、人の位置で表現できるんだ。
「『それでね、お父様が……』」
マリアは話し相手ができたことが嬉しい様子で、ダリアに話しかける。
母親がいないこと、生まれてからずっと屋敷にいること、父親のこと、好きな食べ物や文通相手のこと。
黙って聞くだけ。
あいづちを打つだけ。
聞き手だったダリアが、たずねだす。
「『どうして、母親がいないのですか?』」
「『どうして、ずっとお屋敷にいるのですか?』」
「『クロス様は、どんな方ですか?』」
身ぶり手ぶりを交え、マリアが答える。
棒読みのような口調で「『そうなんですね』」と、ダリアは毎回同じ返事をする。
マリアが話せば話すほど。
ダリアのくちびるが、ニヤリニヤリとつり上がっていく。
わたしがハラハラしていた先で、マリアが「『あら?』」と声を上げた。
「『ダリア。私、気づいたのだけれども』」
き、気づいた?
マリア、ダリアの正体に気づいた?
ダリアの長い前髪を、マリアが手で持ち上げ。
観客へ向かい、ダリアの素顔をさらす。
「『前髪を切って、金髪にすれば。あなた、私にそっくりだわ!』」
「『本当ですか?』」
「『ええ! だって、顔のつくりが似ているもの! こんな偶然もあるのね!」』
双子だから!
気づいて、マリア!
わたしは声がだせないかわりに、両手をブンブン振る。
コウタ先輩とつないでいる右手も、勢いよく振ってしまい。
わたしが隣を見上げるより早く、わたしのひざの上にアンケート用紙が置かれる。
【その他】の半分以上が埋まっている用紙の一番下。
大きな◯で囲まれた一文が見え。
火が出る勢いで、わたしの顔は熱くなった。
──モモちゃんの反応が、全部カワイイ。
わたしが口を開く前に、サッとアンケート用紙がひっこめられる。
ま、また、不意うち……!
ずるい、ずるい、ズルイ……!
バラバラになりそうなほど、うるさく鳴る心臓の音が。
熱くて熱くてたまらない、わたしの体温が。
舞台でなく、他のものでなく。
先輩一人だけにドキドキしているって、バレちゃうじゃないですか、コウタ先輩。
舞台上が暗くなる。
黒子の人達が、揺りイスとソファーを残し。
大道具を含めた家具にバサリと布をかけ、隠してしまう。
マリアとダリアが、それぞれ上手と下手に消える。
丸いライトがクルクル回りながら、舞台を照らす。
大道具にかけられた布のあちこちが、キラキラと光る。
クルリ、クルリ、ピタリ。
中央で止まったライトの中。
背中合わせの2人のマリアが、観客を見つめていた。
(……三年の先輩が、準備中に見学させてくれたけれど。舞台袖は、思っていたよりも狭かった。観客から見えないよう、幕の調整が必要で。袖幕から明かりがもれないよう、真っ暗にする必要があるって言ってた。
そんな場所で、衣装も髪型もメイクも変える役者さん。一分もたたずに、役者さんを舞台へ送り返す裏方さん達。
見えない人達の力もあわせて、演劇の世界は、舞台は創られてる……! すごいなぁ……すごいなぁ……!)
「『ダリア。あなた、ステキよ! 本当に、私が二人いるみたいだわ!』」
マリアとダリアが見つめあい、鏡合わせのポーズを決める。
ほほえむ仕草、おじぎの仕草、ダンスまで息ピッタリ。
「『入れ替わりごっこが、こんなに楽しいなんて! ダリア、見てちょうだい! メイドの驚いた顔を! 使用人が腰を抜かした姿を! 大声で笑ったのは、いつぶりかしら!』」
「『喜んでくださって嬉しいです、マリアお嬢様』」
「『ああ、でも……屋敷にいる者は全員、驚かせてしまったわ。楽しい遊びだったのに』」
意地の悪い笑みを浮かべる、マリアが。
マリアに化けたダリアが、本物のマリアの両手をとり。
ピカッと光った雷の音にあわせ、ささやいた。
「『まだ一人、いらっしゃるではありませんか。あなたのお父様が。
いかがでしょう、マリアお嬢様。明日、旦那様がお戻りになられたら。二人で一緒にダンスを踊り、どちらが本物か、旦那様に当ててもらうというのは』」
「『それは良い考えね! きっと、お父様も楽しんでくださるわ!』」
「『ええ。私も、とてもとても、楽しみです。マリアお嬢様』」
ふふふ……ふふふ……
流れる音楽に、ダリアのくぐもった笑い声が混じる。
舞台前でダンスを踊る、本物のマリアは気づかない。
斜め後ろに立つダリアが、お腹を抱えて笑っていることを。
ダリアが、マリアを罠にかけようとしてる……!
回りだした丸いライトが、マリアとダリアを照らす。
黒子の人達が、家具をおおっていた布を取り払い、マリアとダリアを隠す。
次の瞬間。
舞台は室内に戻り、誰の姿もなかった。
パカラッ、パカラッと、馬のひづめの音が鳴り。
ギギ……ギィ……と、重い扉が開く音が鳴り。
下手から、父親が現れる。
「『かわいい、かわいい、私のマリア。どこに隠れているんだい?』」
シーンとした空気に包まれる舞台。
父親が慌てた様子で「『マリア? マリア?』」と、大声を張り上げる。
わたしが五つ数え終わっても。
マリアもダリアも現れない。
ヒソヒソ、ザワザワ。
観客席が少しずつざわめきだし、ポツポツとスマートフォンの光が点滅する。
観客が……現実へ戻り始めてる……!
わたしが、コウタ先輩に声をかけようとした矢先。
バタバタと走る足音が聞こえ、「今、保健の先生を呼んだから!」とあわてた声が聞こえ。
首をかしげるよりも前に、幕が下り始めた。
父親のかんだかい叫び声が上がり、ダリアの声が響き渡る。
「『ふふふ。ふふふ、うふふふ……! あはははは! 私の復讐は終わった……! ふふふ、うふふ、あはははは!』」
「以上、演劇部学内公演・赤と黒のロンドでした。アンケートのご協力をお願いいたします。本日はありがとうございました」
アナウンスが流れ、体育館が明るくなる。
わたしは空いた口がふさがらないまま、下りた幕を見る。
(こ、これで終わり⁈ どっちが本物か当てるゲームで、ダリアが選ばれて! マリアと父親をやっつけて! ダリアがスカッとしたところで、話が終わるんじゃないの⁈
それに……保健の先生って……なにかあったのかな……?)
「メガネ先輩。録画時間、何分ですか?」
「五十分十二秒だ」
「引き幕は機械まかせだったから……四十九分あるかないか、か。短すぎる。三幕構成の脚本で、あえてラストシーンを改変する理由って……まさかな……」
コウタ先輩が唇に人差し指を当て、考えだす。
間近で見た真剣な顔に、ドキドキと胸の音を鳴らしつつ。
わたしはおずおずと、コウタ先輩にたずねた。
「コウタ先輩。短いって、上演時間のことですか?」
「うん。高校演劇の上演時間は六十分以内。装置の設置や撤去が三十分以内。一秒でも超えたら失格になって、審査対象から外される。地区予選だと地域で変わる事があるんだけどね、全国大会では絶対的なルール。だから、五十五分以上五十八分以内で上演する学校が多いんだ。別作品で上演時間四十分の舞台もあったけど、例外といえば例外かな。
モモちゃん。別の学校が同じ脚本を上演した時は、上演時間が五十七分だったんだ。三幕構成の脚本だから、ストーリー展開は変わらないはずなのに。今日の舞台はラストの展開を無視して、強引に終わらせた気がした。
あ、ええとね……【設定・対立や衝突・解決】という三つの幕で作られているものを、三幕構成っていうんだ。第一幕は誰が・何をするストーリーなのか設定されて、主人公の目的が示される。第二幕は、対立や衝突。ライバルがでてきたり、解決しなきゃいけない問題がでてきて、主人公が成長する。第三幕は、成長した主人公が、一番乗りこえなきゃいけない問題を解決して、クライマックスへ向かう。
ハッピーエンドかバッドエンドかは別として、必ずエンディングはくる。幕が下りるって事は、物語が、世界が、終わるって事だから。
今日の結末は、ダリアが復讐をとげる事。亡き者にされたダリアが、何も知らないマリアに近づいて。マリアとそっくりな姿になって。どちらが本物か当てるゲームで、父親が……っと。
勢いあまって、ネタバレしそうになっちゃったー。ごめんね、モモちゃん」
真剣な表情から、いつもの笑顔へバトンタッチ。
クルクル変わるコウタ先輩の表情に。
わたしの心臓が燃えて燃えて、身体中にドキドキの命令をだしている。
熱い熱い頬のまま、わたしはコウタ先輩のほうへ、体の向きを変える。
「コウタ先輩が教えてくれたんですよ。想像力が広がれば広がるほど、演劇は楽しくなるって。
わたしも、自分で想像したんです。きっと、どっちが本物か当てるゲームで、ダリアが選ばれて。マリアと父親に復讐して。最後は、ダリアがスカッとするんだろうなって。
だから、幕が下りた時。ラストシーン、ダリアが本当にやりたかった事なのかなって……。お父さんが勝手にテレビのチャンネルを変えた時みたいに、すっごくモヤモヤして!
コウタ先輩。正しいストーリーを教えてください。モヤモヤしたまま帰ったら、ずっとモヤモヤしそうです!」
隣のイスに身を乗りだす勢いで、わたしはコウタ先輩を見上げる。
コウタ先輩が目をパチクリさせ、一・二と間があく。
ほほえんだコウタ先輩が、わたしの耳元へ口を寄せる。
吐息が聞こえる距離まで、近づいた直後。
コホンと、メガネ先輩が咳払いした。
「野上。モモ。邪魔をして悪いが。アンケート用紙を記入するように。
お前達、さっきから注目の的だぞ。この位置は、全校生徒の通り道という事を忘れたか。周りに何を言われても、私は知らん。不純異性交遊ではないからな。自己責任だ」