「『ついに! ついに産まれたか!』」
丸い光がいくつも重なり、閉じられたままの幕に、男性と女性達の影絵を映しだす。
ザワザワと騒ぐ音に混ざり。
赤ちゃんの泣き声が「オギャア、オギャア」と響く。
「『いけません、旦那様! 入らないでくださいませ!』」
「『なぜだ! なぜ入れぬ! 我が子が産まれたというのに!』」
「『私から理由をお話しいたしましょう。旦那様、心してお聞きください。奥様がお亡くなりになられました。そして……生まれた子供は、双子でございます』」
ピカッと一瞬、まぶしい光が弾け。
ゴロゴロ……ズドォォォォン!
体育館のあちこちに、雷が落ちる。
わたしはおもわず、コウタ先輩のパーカーの袖をつかむ。
そっと、わたしの指がほどかれ。
ちょこんと、大きな手のひらにのせられる。
わたしがドキドキしつつ、コウタ先輩の指先をツンツンつつくと。
三テンポ数えた後に、お互いの指がからんだ。
暗闇の中で手をつなぐことは、二人だけのヒミツみたいで。
わたしの心臓がせわしない音を鳴らし始め、カーッと全身が熱くなる。
「『古来より、双子は不吉の象徴です。このままでは奥様のみならず、一族みなが呪われるでしょう』」
「『ああああ! なんという事だ!』」
「『どちらを生かし、どちらを亡き者とするか。旦那様、お決めください』」
オギャアオギャアと泣き叫ぶ声が大きくなり、静かになったとおもいきや。
影絵が消え、オレンジ色の照明が当たる。
全身を白い布でおおい、白くて丸いものを持っている人。
「『あなたは私が助けましょう。表にでなくとも、生き続けなさい。そして、いつの日か。あの男へ復讐を──』」
舞台上の照明が消え、真紅のドレスが照らされる。
「『私はマリア。私にそっくりな、あなたは誰なの?』」
パッと照明が切り替わり、真っ黒なドレスが浮かび上がる。
「『私はダリア。ふふふ。何も知らない、バカなマリア。あなたは私。私はあなた。ふふふ、ふふふ、うふふふふ……』」
暗転。
舞台の幕が、静かに上がる。
アンティークの家具が置かれた室内。
どれが本物でどれが作り物なのか、すぐには見分けがつかない。
金色の糸でししゅうがほどこされた、黒いジャケットと黒いズボン。
首元に大きなフリル。
下手の揺りイスに座った男性が、パイプをふかしている。
「『お父様!』」
上手から、封筒を持った少女がかけてくる。
赤い花かざりをつけ、ゆいあげられた金髪。
大きなリボンがついた胸元、キュッと細い腰、フリルとレースで丸くふくらんだドレス。
舞台装置と衣装を見て、わたしは想像する。
演劇部が創りあげたい世界は、たぶん、少し昔の外国で。
死んだと思われているけれど、双子の一人は生きていて。
なぞの人が残した、『あの男へ復讐を』のセリフと。
ダリアのセリフが、物語のキーポイントになる気がする。
「『マリア。どうしたんだい。そんなに慌てて』」
「『クロス様から手紙がきたの! 近々、こちらにいらっしゃるんですって! ダンスのお誘いをいただいたわ! お父様、私がちゃんと踊れるか、見てくださいな!』」
封筒を父親に渡し、クラシックの音楽にあわせ、マリアがダンスを始める。
複雑なステップを踏み、クルリクルリと回転し、観客へアピールし。
クル、クルリ、タンッ。
音楽の終了と同時に、マリアがポーズを決めた。
『非日常の動作っていうのは、日常生活で自然にやらない動きの事。たとえば、立った体勢のまま、後ろにスーッと移動するとか。バレエダンサーみたいに、その場でクルクル回り続けるとか。
非日常の動作は、コツをつかむのはもちろんだけど。ケガをしない動き方を、体に覚えこませるんだ。演劇は生身の肉体で表現するものだから、自分の体を大事にしなきゃダメ。
今のモモちゃんだと、回転系の動きはフラフラして転ぶかもしれない。転んでケガをするかもしれない。可能性の話って言われたら、そこまでなんだけどね。俺がいるかぎりはダーメ。いいって言うまでダーメ。
モモちゃん。自分ができる仕草をイメージして、実際に動いてみて、一つずつ表現の方法を増やしていこう。想像力が広がれば広がるほど、演劇はもっともっと楽しくなるよ!』
ようせいを演じる前、コウタ先輩に言われたことを思い出す。
マリア役の人が、スゴイって分かるのも。
演劇部が創りあげたいものをイメージして、ワクワクできるのも。
全部、コウタ先輩が教えてくれたからです!
「『すばらしい。クロス様も、さぞ喜ばれるだろう』」
父親が大きな拍手をし、マリアがおじぎをする。
わたしも内心で拍手を送る。
下手から現れた使用人の男が、父親のそばで敬礼する。
「『旦那様。そろそろお時間です』」
「『うむ。かわいい、かわいい、私のマリア。私がでかけている間、いいつけを守れるね?』」
「『はい、お父様。お屋敷の外には、危険な動物がたくさんいるのでしょう? 中には、人の生き血を吸うモノもいるとか。
お父様こそ、お気をつけて。お父様がお帰りになるまで、私はおとなしく待っていますわ』」
父親の手をにぎり、ほほえむマリア。
マリアに当たっていた照明がスーッと薄くなり。
舞台前方に歩きだした父親へ、丸いライトが当たった。
「『ははははは! クロスからの手紙だって? そんな人物は存在しない! お前が文通しているのは、使用人の爺だ!
ははははは! 危険な動物だって? 人の生き血を吸うモノだって? そんなものは存在しない! お前が信じこんでいるのは、真っ赤なウソの作り話だ!
おろかであわれな子よ。死ぬまで、この屋敷から出られぬなど。知らないほうが幸せだ。
すべては私のため! いまいましい、血の呪いから逃れるため!
かわいい、かわいい、私のマリア! 私のために、お前の一生をささげておくれ! ははははは!』」
丸いライトが消え、再度室内が明るくなる。
マリアが揺りイスに座り、本を読んでいる。
父親と使用人がいなくなり、マリアが別の仕草を始めたことで。
あっという間に、舞台の時間が変わった。
音楽の合図を使わなくても、真っ暗闇にしなくても。
場面転換の方法は、たくさんあるんだ……!