『今も、一週間後も、僕がいなくなった未来でも、僕はきみが好きだよ』

 朝起きていちばんに目にしたのは、彼が綴った想いのかけらだった。
 僕はきみが好きだよ。
 そこに書かれた文字がまるで現実ではないかのように、ふわふわと浮き立って見える。まだ寝ぼけてるのかな。桜晴が私を好きなんて、そんなこと思ってもみなかった。

「最後まで読んだんだね」

 桜晴から、私の告白を読んだと返事があった。
 どんな気持ちだったかな……。
 悔しいだろうな。怖いだろうな。私と出会って、後悔したかもしれないな——……。
 ネガティブな妄想はいくらでも広げることができた。でも、桜晴は私に「悲観しないでほしい」と言った。
 僕はまっすぐに、きみの心臓になるよ。

「何よそれ……ずるいよ。青春映画かよ。小説の読みすぎじゃないのっ……」

 きっと、私を励ますために書いてくれたその一文が、私の心を澄みわたる川の水のように透かしてくれる。泥のように沈んでいた気持ちが、一気に透明に変わっていた。
 今日は四月十八日。入れ替わりは二十四日に終わるって、桜晴は書いている。
 あと七日……。
 私と桜晴がつながっていられる時間。
 桜晴の命が尽きるまでの時間。

「私は……抗うよ」

 桜晴には決して言えない決意を秘めて、今日も私は桜晴の中へと入っていった。


 都立西が丘高校二年三組では、学年が変わってから修学旅行の話題でもちきりだった。それもそうだろう。修学旅行は一週間後に迫っている。グループ行動でどこに行こうとか、何をしようとか、そういう話があちこちから聞こえてきた。

「桜晴、お前さ、行きたいところとかないの」

「え?」

 昼休み、江川くんが声をかけてくれた時、私は間抜けな声を上げてしまった。
 彼とは今年も同じクラスになった。一年生の頃に仲良くしていた安達くんとは違うクラスになったのが残念だけれど。彼と一緒なら心強いと思う。

「行きたいところ……か」

「そうだよ。北海道なんて俺、人生で初めてなんだ。札幌も楽しみだけどさ、都市部は東京とあんま変わんねえかなって。北海道って言
ったら自然だろ? 初日に行く美瑛の丘とか、富田ファームとかすげー楽しみでさ〜」

 意外にもロマンチストな様子の江川くんが、北海道での計画を語る。
 そんな彼の楽しそうな表情を見ていると、胸をつままれたような切なさが滲んだ。
 みんなに、修学旅行を楽しんでほしいなぁ。
 桜晴も、楽しみにしてただろうな……。
 私の世界で三年前に修学旅行で事故に遭ってしまった彼らのことを思うと、やるせない気持ちになった。

「とにかくさ、俺は嬉しいんだよ。桜晴と同じクラスで、しかも修学旅行では同じ班で行動できることがさ。だから桜晴も当日までに行きたいところがあったら遠慮なく言ってくれよ。みんなで楽しもうぜ」

「う、うん。ありがとう」

 江川くんには、入れ替わりをして初めて登校した日から散々助けられてきた。そんな彼の願いを叶えてあげられないかもしれないということが、悔しい。事故が起きるのが自分のせいではないとしても、どうしてもそんなふうに考えてしまう自分がいた。
 それから彼は、授業中に先生に当てられて珍しく回答ができず、「修学旅行がそんなに楽しみなのか」と呆れられていた。成績優秀な 彼のことだから、本当に旅行が楽しみで気もそぞろ状態になっていたのだろう。クラスメイトたちがくすくすと笑う。私も、みんなにつられて笑みを抑えきれなかった。

 みんなの楽しみを、桜晴の笑顔を、私は守りたい。
 どうしても、そう思ってしまう。