「……顔見にって」


移動教室のついでに、わざわざ顔を見に寄って行く。そんな何でもないことが、奥野にはどれほど嬉しいか。
嬉しくてにやけそうになる顔を机に突っ伏して隠し、奥野は深くため息をつく。

気付いた時にはもう好きだった。何がきっかけかなんて明確にはわからない。
先輩としてでも、幼馴染みとしてでもなく、若菜が好きだと気が付いた。その時から、今でもずっと若菜のことが好きだ。
もちろん、叶うべくもない恋であることはよくわかっている。だからこの気持ちはひっそりと胸に秘め、後輩として、幼馴染みとして、若菜のそばにいようと奥野は決めている。

指で弄んでいた飴をぎゅっと手の平に握り込み、奥野は顔を上げる。
予鈴が鳴ったので、間もなく午前中最後の授業が始まる。これが終われば、また若菜が会いに来る。今度は奥野を、迎えに来る。

ドキドキしそうになる胸を深呼吸で抑え、奥野は何事もなかったかのように椅子の背もたれにかけていたブレザーのポケットに飴をしまい、机の上に出しっぱなしだったノートを、次の授業で使う物と交換で机の中にしまった。