そう言って奥野の手を引いて歩き出そうとした若菜は、ぴたっと動きを止めてしばし固まり、ややあってくるっと向きを変えて、来たのとは逆の方向に向かって歩き出す。


「け、景くん?自販機なら、あっちから行った方が近いけど……」

「でもそしたら、図書室の前通らないといけなくなる。あいつの顔見たくない」


そちらに行けば、床に転がっているはずのミルクティーを回収出来るのだが、そもそも回収させてくれるかどうかも疑問だ。なにせ、“なかったことにして”と言っているのだから。


「ミルクティー買ったら帰ろう。今日は、おれの家」

「……別にいいけど、カレーは僕が作るんだよね?」


若菜の母からは、いつでも好きに使ってと言われているので、他所の家のキッチンを使うことに抵抗があるわけではないが、いつもであれば若菜が奥野の家に夕飯を食べにくる。
それが、“おれの家”と指定するからには、ひょっとして今日は若菜がカレーを作ってくれるのだろうかと思ったが、どうやらそうではないらしい。先の奥野の問いに答えるように、若菜は首を縦に振った。