「……けい、……若菜、先輩?」


ふと奥野を見下ろした若菜の眉間にきゅっと皺が寄ったが、それはすぐさま奥野から外れる。


「おれの眞由に何してんの」


それは今まで聞いたことがないような、とてつもない怒気を含んだ声音だった。


「何って……あの、ちょっと頼みごとを……」

「手、握る必要がどこにある」

「それは……勢いでつい……」

「へー、勢い」


びくっと先輩の肩が揺れるのに合わせて、なぜか奥野の肩もびくっと揺れる。
それくらい、若菜の声には怒りが混じっていた。火山が噴火するような激しい怒りではなくて、奥底でふつふつとマグマが煮えたぎるような静かな怒り。
普段怒らないタイプの人は怒らせると怖いとは、正にである。


「それなら、その勢いで女子の手も握ればいいよ。彼女を作るきっかけになるかもよ。おれは彼女とか興味ない。眞由がいればいいから」


そんなぁ……と悲痛な声を上げる先輩からふいっと視線を外した若菜は、呆然と若菜の体に背を預けていた奥野の手を取って、「行くよ」と歩き出す。