「ところで、何か用ですか若菜先輩」


奥野のその問いに、拗ねたような顔が、露骨に不満げな顔に変わった。


「何で敬語?」

「何でって……そりゃ、先輩ですから」


若菜 景(わかな けい)はしばし黙ったあとで


「別に。次移動教室だから、ちょっと眞由の顔見に寄っただけ」

「それは……わざわざどうも」


若菜は奥野より頭一つ分は背が高いだけでなく、すらっとしたモデル体形で、子供みたいにむくれていてもわかるくらい顔も整っている。
また、垂れ目に妙な色気があるため、見つめられると男でもドキッとすると評判だ。気だるげな仕草も、色気を醸し出すのに一役買っている。


「じゃあ、お昼休みにまた来るから」


どうやら若菜は本当に奥野の顔を見に来ただけだったようで、そう言い残すとひらっと手を振って去って行く。
その背中が見えなくなるまで見送った奥野は、ふう……と小さく息を吐いて教室に戻る。
自分の席にすとんと腰を下ろすと、前の席のクラスメイトはまだノートを写していた。