「そんなこと、ないけど……」


見つめられるとドキドキしてしまって、答える声に力が入らなくなる。


「そんなことないって言うのは?」

「え?」


じっと見つめてくる若菜の眼差しには、はっきりとした答えを求めている気配があった。
どちらかと言うと若菜は、好き嫌いがはっきりしているし、はっきりとそれを口にも出す。
だから、時折奥野の曖昧な回答をこうして問いただしに来る。


「えっと……ぼ、僕も、景くんと一緒にいる方が……いい……」


若菜とは違って、奥野の回答には日頃秘めている想いも乗っかっている。だからこそ答える声がたどたどしく、消え入りそうになってしまう。
でもきっと若菜は、すらっと言えないのは恥ずかしさのせいだと思っているだろう。ちょっぴり寂しい気もするが、それでいい。
奥野が長年秘め続けた想いに気付かれて、引かれて、距離をおかれるくらいなら、それで。

奥野の答えに満足したのか、若菜はふにゃりと目元をとろけさせて嬉しそうに笑った。その笑顔に、また奥野の胸は高鳴る。


「そ、そういえば、味付け何がいいか聞いてなかった。醤油?ソース?」

「醤油。かつお節いっぱいかけてね」


かつお節あったかな……とぶつぶつ言いながら、奥野は背後にある棚をあさる。振り返るまでに、顔の火照りが引くことを願いながら。