実家に着くと、母は私の突然の帰省をかなり驚いていた。
「急に帰って来るなんて、どうかしたの?」
そう言いながら私を家に招き入れる母は、一ヶ月前に会ったときよりも生きいきしているように見えた。
「お父さんから手紙がくるなんていうから、心配になって」
桜子から預かったおにぎりを居間の机に置いて、私は言う。
うまいごまかし方もわからなくて、私が正直に言うと母は「私がボケたと思った?」と、陽気に笑う。
「ちょっとだけ……」
私の言葉に母はまた笑う。
「心配しなくても、ボケてないわよ」
そう言って、母は桜子のおにぎりを食べるために、台所に立ってお茶の準備を始める。
台所と襖一枚で繋がっている居間に座って、私はキョロキョロと辺りを確認する。
姉の情報によれば、認知機能が低下してくると、部屋の片付けなどができなくなるのだとか。でも部屋の中はこざっぱり片付いていて、母が家のことができなくなっているという感じはない。
窓の外には、一人分の洗濯物がはためいている。
「本当に先月末から、週に一枚のペースでお父さんからの手紙が届くのよ」
お盆に急須と湯呑みを持って戻ってきた母が言う。
「いたずらじゃないの?」
「いたずらじゃないわよ。昔の思い出話とか、飼っていた猫の名前とか家族しか知らない話が書いてあるのだから」
湯呑みにお茶を注ぎ、私の前に置く母が言う。
その口調は、キッパリとしていて嘘を言っている感じはない。でもそれが本当ならホラーでしかない。
「それに、ちゃんと筆で書いてあるんだから」
桜子から預かってきた使い捨て容器の蓋を開けながら母が言う。
元は中学の国語教師だった父は、手紙を書く時は必ず筆ペンを使っていた。今時、そんな手紙をよこす人は珍しい。
もしかして、普通に見えていても、ちょっと夢と現実の区別がつかなくなっているのかな?
「見せてくれる?」
恐る恐る私はそう言ってみた。
実際には手紙が存在せず、全ては母の妄想だったと知るのと、死んだ父からの手紙が実在するの。どちらがより怖い話しだろう?
それでもここまで来たら、事実確認をしないわけにはいかない。
「ええよ」
私の不安など気にする様子もなく、母はテレビの横の棚の引き出しを開けた。
大事な郵便物は、昔からそこにしまっている。
「桜子に話したときは、もっと面白がってくれたのに」
立て付けの悪くなった引き出しと格闘する母の言葉に驚いた。
「えっ! 桜子にも話したの?」
私が実家に帰ると報告に行った時、一言もそんなこと言っていなかった。
呑気にあれこれ土産の催促をされただけだ。
おにぎりを届けにくる時にでも、なにか言ってくれればよかったのに。
驚く私に頷いて、母は取り出した手紙をこちらへと差し出す。
「話したわよ。それを聞いて桜子は『死んだお父さんから手紙がくるなんて、サンタクロークがプレゼント持ってきてくれるみたいで楽しいね』って、言われたわ」
母はそう言って笑うけど、笑い事じゃない。
そんな母の正気を疑うような話、まず私か姉に報告するべきでしょ!
なんであの子は、そんなに無責任なのっ!
心の中で桜子を叱りながら、手紙を受け取る。
「急に帰って来るなんて、どうかしたの?」
そう言いながら私を家に招き入れる母は、一ヶ月前に会ったときよりも生きいきしているように見えた。
「お父さんから手紙がくるなんていうから、心配になって」
桜子から預かったおにぎりを居間の机に置いて、私は言う。
うまいごまかし方もわからなくて、私が正直に言うと母は「私がボケたと思った?」と、陽気に笑う。
「ちょっとだけ……」
私の言葉に母はまた笑う。
「心配しなくても、ボケてないわよ」
そう言って、母は桜子のおにぎりを食べるために、台所に立ってお茶の準備を始める。
台所と襖一枚で繋がっている居間に座って、私はキョロキョロと辺りを確認する。
姉の情報によれば、認知機能が低下してくると、部屋の片付けなどができなくなるのだとか。でも部屋の中はこざっぱり片付いていて、母が家のことができなくなっているという感じはない。
窓の外には、一人分の洗濯物がはためいている。
「本当に先月末から、週に一枚のペースでお父さんからの手紙が届くのよ」
お盆に急須と湯呑みを持って戻ってきた母が言う。
「いたずらじゃないの?」
「いたずらじゃないわよ。昔の思い出話とか、飼っていた猫の名前とか家族しか知らない話が書いてあるのだから」
湯呑みにお茶を注ぎ、私の前に置く母が言う。
その口調は、キッパリとしていて嘘を言っている感じはない。でもそれが本当ならホラーでしかない。
「それに、ちゃんと筆で書いてあるんだから」
桜子から預かってきた使い捨て容器の蓋を開けながら母が言う。
元は中学の国語教師だった父は、手紙を書く時は必ず筆ペンを使っていた。今時、そんな手紙をよこす人は珍しい。
もしかして、普通に見えていても、ちょっと夢と現実の区別がつかなくなっているのかな?
「見せてくれる?」
恐る恐る私はそう言ってみた。
実際には手紙が存在せず、全ては母の妄想だったと知るのと、死んだ父からの手紙が実在するの。どちらがより怖い話しだろう?
それでもここまで来たら、事実確認をしないわけにはいかない。
「ええよ」
私の不安など気にする様子もなく、母はテレビの横の棚の引き出しを開けた。
大事な郵便物は、昔からそこにしまっている。
「桜子に話したときは、もっと面白がってくれたのに」
立て付けの悪くなった引き出しと格闘する母の言葉に驚いた。
「えっ! 桜子にも話したの?」
私が実家に帰ると報告に行った時、一言もそんなこと言っていなかった。
呑気にあれこれ土産の催促をされただけだ。
おにぎりを届けにくる時にでも、なにか言ってくれればよかったのに。
驚く私に頷いて、母は取り出した手紙をこちらへと差し出す。
「話したわよ。それを聞いて桜子は『死んだお父さんから手紙がくるなんて、サンタクロークがプレゼント持ってきてくれるみたいで楽しいね』って、言われたわ」
母はそう言って笑うけど、笑い事じゃない。
そんな母の正気を疑うような話、まず私か姉に報告するべきでしょ!
なんであの子は、そんなに無責任なのっ!
心の中で桜子を叱りながら、手紙を受け取る。